氷室の眠り姫
数日後、少し調子が良くなった紗葉は何やら女官たちが浮わついているように感じ取った。
落ち着きなく右往左往している女官たちに首を傾げながらも、その一人に声をかけた。
「いったいどうしたのですか?何事です」
「まぁ、紗葉様。騒がしくして申し訳ありません。実は主上と爽子様のお許しが出まして、色々な商人が後宮に品出しをしているのです」
その女官によると、基本後宮の外に出ることができない女官たちだが、許可さえ下りれば決められた商人のみが後宮に立ち入って、買い物をすることができるのだ。
これまで月に一度ほどの割合で開催されていたそれも、ここしばらく行われていなかった。
理由は勿論、主上の不調による自重だが、そんな事情など知らない女官たちは不満を募らせていた。
しかし、今回久しぶりに主上からの許可が出て、皆浮き足だっているのだ。
「紗葉様は初めてでいらっしゃいますよね?よろしければご一緒にいかがですか?」
一瞬迷ったものの、好奇心には勝てず、紗葉はその女官と一緒に商人たちが集まる広場へと向かった。
そこには思っていたよりもたくさんの商人たちが品物を並べて女官たちを呼び込んでいた。
「あの、紗葉様…私、あちらを見に行ってもよろしいですか?」
「ええ、勿論。わたしは雰囲気を楽しみながらゆっくり見て回るわ」
紗葉は女官と別れるとじっくり辺りを見回した。
(成る程…こうして外との接点を繋げておくことも必要なのね…)
感心しながら動かしていた視線が一点で止まった。
「え……?」
そこには紗葉がずっと心を寄せ続けていた、ここに居るはずのない人の姿があった。
呆然とした紗葉だったが、すぐに我に返り物陰に隠れた。
流は他の商人たちと同様に、女官たちを相手に装飾品を売っているようだった。
(そうか…流の扱っている宝石は女官たちに好かれそうだもんね)
あり得たこととはいえ、突然すぎて紗葉の心の準備はできていなかった。
(大丈夫…見つからなければ大丈夫よ)
そう自分に言い聞かせて、紗葉はそっと流に視線を戻した。
(少し、痩せた?ちゃんとご飯食べてるの?)
流が製作に集中しだすと食事も覚束なくなることを知っている紗葉はつい心配をしてしまう。
(流の作った装飾品…見てみたいな…)
叶わぬことと分かっていてもそう思ってしまう。
(誰かに代理で購入してもらおうか…そのくらいなら許されるかな)
頼める人がいないか辺りを見回していた紗葉の視線が流の元に戻った時に、その表情が凍りついた。