氷室の眠り姫
枯渇
「紗葉様、柊様からのお手紙は何と?」
「あぁ、風音。ちょっと待って。先に父様への返事を書いてしまうから」
紗葉は風音の質問に答えずに、真剣な表情で返事をしたためた。
「…これでいいわ。風音、使いの者を待たせているからこれを渡してきて。それから話すわ」
すぐに答えてもらえなかったことに不満そうにしながらも風音は言われた通りに使者に紗葉の手紙を渡した。
風音が戻ってくると、紗葉は他の者を退がらせた。
つまりそれだけ重要な話、ということだ。
「……氷室の霊水が渇れ始めているらしいわ」
囁くような声で告げられた言葉に、風音の顔色が一気に青くなっていく。
薬師を生業にする者にとって、霊水は無くてはならないものだ。
勿論、無くても薬は作れるが、効能は段違いだ。
しかも紗葉の家の霊水は特別で、紗葉の力により更に効果が増している。
だが、風音が気にかけているのはそういうことではなかった。
霊水は力を行使する紗葉にとって生命の水と言ってもいい。
「紗葉様……」
「大丈夫よ。いきなり渇れ果ててしまう訳じゃないの。ただもしもの時を考えて、こちらに回す量を調整すると書いてあったわ」
最近の主上の病状が安定しているのを鑑みての判断だろう。
「…紗葉様、だからと言って紗葉様の分を減らすのはダメですよ」
自分のことを後回しにしがちな主に念押しすれば、ばつの悪そうな顔をしていた。
「……やっぱり」
風音はこれ見よがしに深いため息をついた。
「無茶はしないわ。それに私の役目もそれほど長くはないでしょう…わたしが戻れば氷室の問題も解消されるだろうし」
今一つ信用度が低い言葉だが、紗葉が言い出したら意見を翻さないことを知っている風音は、それでも念押しだけは入れておく。
「……紗葉様、約束ですよ?無茶だけはしないでくださいね」
懇願ともとれるそれに、紗葉は優しく頷いた。
「紗葉様。お話し中に申し訳ございません。爽子様からの先触れが」
部屋の外から女官の声に紗葉と風音は顔を見合わせた。
「爽子様がこちらに?わたしが伺うと…」
「それが急ぎの話があるらしく、もうすぐこちらに」
女官も少し困ったように告げる。
正室である爽子に足を運ばせるのは失礼になるが、すでに本人がこちらに向かっているならば、きちんとお迎えするしかない。
紗葉と風音は慌てて女官たちに指示を出して部屋の体裁を整えた。