氷室の眠り姫
衰弱
次の日、紗葉は爽子に最後まで役目を全うしたいと願い出た。
戸惑う爽子にそれが自分の望みなのだと説き伏せて、許可を得た。
勿論、男とのやり取りに関しては一言も口にしなかった。
実家から届く霊水は全て主上と爽子の為に回して、少しでも効能を高めるように工夫を凝らしていた。
寝る間も惜しんでの作業に、当然紗葉は少しずつでも衰弱していく。
「紗葉様……お願いです。せめて睡眠だけはしっかりとってください」
風音から涙ながらに懇願されてようやく眠るような毎日が続いていた。
「紗葉、貴女はどうしてそれほど主上に尽くしてくれるの?」
ある日、爽子に尋ねられた紗葉は不思議そうに首を傾げた。
「主上にお仕えするのは当たり前だと思いますが、敢えて申し上げるなら、主上は我が父が敬愛される方で、そして爽子様が大切に想われている方だからです」
「…わた…くし?」
「はい。爽子様はいきなり現れて側室になった私にも優しくしてくださいました。私はそれに報いたいのです」
それは紛れもない紗葉の本心だった。
「紗葉。貴女は何か勘違いをしているわ」
「勘違い…ですか?」
「ええ。貴女はすでに私にかけがえのないものをくれたわ」
思い当たらない紗葉は、ただ首を捻るばかりだ。
「主上と過ごす大切な時間よ」
主上にとっては息子である東宮を立派な後継ぎとする為の時間。
けれど、爽子にとっては愛する人と少しでも共に生きることができる時間。
「主上の余命が申告された日、私は確かに覚悟を決めました。でも哀しくなかった訳じゃない、辛くない訳じゃない。私が動揺すれば東宮にも伝わってしまう。それ以上に私が動揺することで主上に負担をかけたくはなかった」
そんな時に紗葉は主上の病の進行を押さえる薬を調合し、爽子にも主上の為になる役目を与えてくれた。
勿論、紗葉にその意図はなかったが、爽子には救いになっていたのだ。
「だから報いるなんて考えないで。貴女は貴女自身の幸せを考えて」
爽子の心からの優しい言葉に、紗葉は涙が出そうになった。
それでも、紗葉の幸せはもう手の届かない場所にいってしまったと紗葉自身は知っていた。
(でも、そんなことを言って爽子様の気を煩わせたくない)
そう思ってしまう紗葉は弱々しく微笑んで見せた。
「…ありがとうございます。爽子様」