氷室の眠り姫
紗葉は風音に少し探りを入れてもらって、先日紗葉に接触してきた男の目的を調べた。
どうやら東宮に奉れなくとも、主上の子供の祖父という立場になれば政でも一目置かれると目算したらしい。
「…愚かしいわね。あのお二人の間に入り込もうなんて」
主上が爽子のことを大切にしているのは周知の事実だ。紗葉の存在は特例であって決して次はない。
「紗葉様、やはりお話しになられた方が…」
「いいえ。あえてお二人の不安を煽るようなことはしたくないの。どうせあの女官にお二人を引き裂くことはできないから」
どうしても柊にも主上にも言うつもりがない紗葉にため息をつきながらも、風音は紗葉の意志を尊重すると決めていた。
(全てが終わった時、柊様からお叱りを受けることなっても、素直に受け入れよう)
風音が心配しているのは紗葉の体と心が壊れてしまわないか、ということだけだった。
紗葉は霊水を主上と爽子の為に使い、自身の為に飲むことが無くなっていった。
それにより紗葉の回復方法は睡眠によるものだけになったのだが、当然それで回復が追い付くはずもない。
どんどん衰弱していき、主上たちに心配させたくなくて、顔を見せることもなくなっていった。
薬も霊水を使ったお茶も風音を介して渡していたので支障はなかったが、主上たちを納得させることはできなかったようで、ある日先触れもなく爽子が部屋にやってきた。
「紗葉、大丈夫なの?」
運良くその日はぐっすり睡眠をとった後だったので見た目の変化は何とか隠すことができたが、疲れた顔は誤魔化すことができなかった。
「大丈夫…とは?どうかされました?」
紗葉は素知らぬ振りをして、逆に爽子に問いかけた。
「どうかされましたって…最近顔を見せないで、おまけにその顔色!」
心配のあまり、爽子はお説教モードに入ってしまう。
「無理をしないようにとあれほど言ったのを貴女は聞いていなかったのですか?」
「ちゃんと聞いていましたよ?無理なんてしてませんから…」
「そんな説得力のない言葉はいりません」
紗葉が言い訳をしようとするも、爽子はキッパリとぶった切った。
「風音、紗葉の為にお茶を淹れてらっしゃい」
爽子が霊水を使ったお茶のことを言っていると察して風音はどうしたものかと主に視線だけで問うた。
「……風音、お願いね」
苦笑いを浮かべながら言うと、風音は複雑そうな表情をしながらも、頷いて部屋を後にした。