氷室の眠り姫
紗葉はそれから益々薬作りに没頭した。
基本、薬は作ってから時間がたつと効果が薄れていくのだが、紗葉が調合した主上の為の薬は特別で効果は高いままだった。
しかしその分紗葉の力の消耗は激しく、紗葉はどんどん衰弱していった。
勿論、それを知っているのは風音だけだ。
ただ衰弱しただけなら面会も可能だったが、紗葉が力を使えば寿命を削るように姿が老けていくのだ。
「風音…主上のご様子は?」
直接主上の調子をうかがうこともできないが、紗葉は必ず風音に報告させていた。
「体調にお変わりはないようでしたが、紗葉様のことをご心配されていました」
「そう…お変わりないなら良かったわ」
それだけ言うと、紗葉は息をついて横になった。
「…少し休みます。爽子様にお茶をお持ちしてね」
「かしこまりました。ゆっくりお休みくださいませ」
紗葉の様子を気にかけつつも、風音は命じられた通りに爽子の元へと向かった。
「爽子様、お茶をお持ち致しました」
最初は風音が爽子に関わることを良しとしなかった志野だったが、爽子自身の意思と、何より己を犠牲にしても主上と爽子の心に沿おうとする紗葉の行動に心を打たれた。
しかし、それでも紗葉や風音に反感を抱く者たちがいることは間違いではなく、風音が爽子の元に訪れる時は人払いをしていた。
「ご苦労様です、風音」
爽子は風音の淹れたお茶を口にしながらぽつりと呟いた。
「…風音、紗葉の想い人はどういった人物なのですか?」
「…っ」
思いもよらない爽子からの問いかけに風音は一瞬言葉を詰まらせた。
だが、爽子の表情に真剣な思いを感じ取って相応に応えることにした。
「あの方は、貴族ではないのですが、宝石商を営む家に生まれ、ご自身も細工師として活躍なさっています」
「宝石商……」
「はい。お姿は外に出れば周囲から注目を集めるほど容姿が整われた方です」
本人たちに自覚はなかったが、紗葉と流が並んで歩けば振り向かない者などいなかった。
風音を始め、柊の家に仕える者たちは注目を浴びながらもそれに気付く気配のない二人を微笑ましく見守っていたのだ。
いずれ二人は幸せな家庭を築くのだと。
しかしそこまで言ってしまえば、それは主上や爽子を批判することになる。
風音は言葉が見つからずに黙りこんでしまった。