氷室の眠り姫
「…似合いの二人だった、ということですね」
「……」
爽子の悲痛な面持ちと呟かれた言葉に、風音はただ平伏するしかなかった。
「…風音。私は紗葉に返しきれぬほどの恩があります。今できることはきっとないでしょう…けれど、紗葉に助けが必要な時、必ず力になるわ」
「…何故、私におっしゃるのですか?」
「紗葉は助けが必要な時になっても、助けを求めないと思ったからよ」
紗葉のことを理解していないと出ないであろう爽子の言葉に、風音は思わず勢いよく頭を上げていた。
風音の驚いた顔に、爽子は少し楽しそうに笑ってみせた。
「どう?あってるでしょう?」
「…はい、おそらくは」
「だからこそ、貴女に話しておくのです。何かあれば貴女から私に連絡してちょうだい」
風音は困ったように眉を下げて、爽子の横に控える志野に視線を向けるも、志野が口出しをすることはなかった。
「…かしこまりました」
風音は再度平伏して、部屋を後にした。
それからしばらくして、正式に東宮が主上の座に就くことが発表された。
主上の死期が近いことは公表されなかったが、病の為に療養されること、それにより譲位が成されることは説明された。
譲位の噂は流れていたので、それほどの混乱は起こらなかったが、さすがに後宮では主上が代われば一部を除き後宮内も一新される為、各々が身の振り方を考えねばならず、落ち着かなかった。
しかし、勿論紗葉は慌てることなく自分のやるべきことを成していた。
「紗葉様……お呼びでしょうか?」
紗葉に呼ばれてすぐに駆けつけた風音は、紗葉の体を支えた。
この時、すでに紗葉は限界を迎え、体を起こすことすらままならなかった。
「風音、そろそろ宿下がりに向けて準備をしてほしいの」
風音の顔色がザッと青くなる。
紗葉が後宮を後にする。それはつまり薬を作ることができなくなったということだ。
「……普通に出ていく訳にはいかないでしょう?何しろわたしはこんな状態だし」
もはや本来の面影などない程に衰弱しきっている紗葉に風音の目に涙が浮かぶ。
「爽子様はわたしが出ていくと言えば見送りをするとおっしゃるでしょう。でもそれでは困るから策を練らないと…」
「では紗葉様には先にご実家に戻っていただいて、わたしが爽子様にご説明いたしましょうか」
「…それも考えたのだけど、風音にはわたしが戻った時の為の準備を実家でしておいてほしいの」
確かに紗葉の姿を柊たちにも見せる訳にはいかなかった。
「ですが、それではどうやって……」
「うん、いっそのことわたしが女官のふりをして説明しようかと思うの」