氷室の眠り姫
邂逅
思いもよらない紗葉の提案に、風音は大きく目を見開いた。
「ちょ…お待ちください!そんな無茶なことを…」
「うん。無茶言ってるのは分かってる。でもね、宿下がりも今日明日のことじゃないからわたしの体も多少回復すると思うの」
「…ですが…」
「風音、お願い。わたしと分かってもらえなくても、きちんと挨拶していきたい」
真剣な表情で言われてしまえば風音は何も言えなくなってしまう。
「……承知致しました。ですが、それまでしっかり養生してください。少し調子が良くなっても調合などしないで、おとなしくなさっていてください」
風音は何度も念押しして、渋々ながらも了承した。
数日後、風音は紗葉を迎え入れる為に一足先に後宮を後にした。
翌々日には紗葉も実家に戻る予定だったが、支度自体は風音がほとんど済ませた後なので、ゆっくり後宮を見て回ることにした。
それほど長く居た訳でもないし、最初の頃など良い思い出などなかったのに、何故か懐かしい思いを抱いていた。
何人かの女官とすれ違ったが、誰も紗葉のことに気付かずに通りすぎていった。
紗葉はこれ幸いとゆっくりとだが、歩き回った。
(……主上や爽子様の為に自分の力を使うことができて良かった…)
二人の幸せそうな顔を思い出せば、後悔なんてしなかった。
それでも流とのことが頭を過ると切なさで胸が苦しくなったのも事実だった。
(もう、わたしは流との幸せを望むことはできないけど…)
それでも不幸ではない、と断言できた。
紗葉は後宮内を一回りすると、最後に爽子の部屋に出向いた。
紗葉としてではなく、紗葉の使いの者として会うことを願ったので対応は多少素っ気ないものだった。
勿論、紗葉がそれを気にすることはない。
紗葉は直接爽子の顔を見ないように平伏した。
「…そなたは、初めて見る顔ですね」
紗葉に声をかけたのは爽子の隣に控えていた志野だ。
「宿下がりの為の手伝いをするよう派遣されて参りました」
今の紗葉の髪は真っ白になり、顔もたとえ家族であろうとも察することができない変わりようだ。
今の紗葉にとっては幸いだが、罪悪感が募る。
「紗葉様の具合はどうなのですか?宿下がりは明後日を予定していると聞きましたが」
その言葉に志野が本気で心配しているのだと感じ取れて、紗葉は思わず涙をこぼしそうになった。