氷室の眠り姫
約束
一晩中泣き続けて、紗葉は覚悟を決めた。
「父様、お願いが2つあります」
朝食もそこそこに、紗葉は柊を真っ直ぐ見つめて自分の願いを口にした。
柊は一瞬驚いたものの、紗葉の腫れた瞼を見て表情を引き締めた。
「叶えられるかどうかは聞いてみないと返事はできん。まず話しなさい」
「これから先、流が何かに困ったら必ず助けてください」
予想外の願い事に柊は言葉に詰まった。
「もう1つ、予定されてる日の前日に流と会う約束をしています」
「紗…!」
「もちろん、会うつもりはありません」
柊の言葉を遮るように紗葉は続けた。
「ただ…最後に彼の姿を遠くからでも見ておきたいのです」
“最後”紗葉の口から出たその言葉に紗葉の覚悟を感じ取った柊は真剣な表情で頷いた。
「分かった。2つとも叶えよう…だが、2つ目の願いに関しては家の者を付けさせることが条件だ。あぁ、先に言っておくがお前を信用してない訳ではない。どこで情報が漏れているか分からない。お前の身を守るためだ」
不服そうな表情をしていたのだろう。
柊は更に付け加えた。
「もちろん、ちゃんと距離はとらせる」
柊の言い分も理解できたので、紗葉も最終的には頷いた。
「……紗葉」
一晩で納得して覚悟を決めるなど容易い話ではない。
柊は厳しい当主の顔から優しい父に戻り、表情を歪めながら紗葉を優しく抱き締めた。
「不甲斐ない父を許せとは言わん。だが、謝らせてくれ…お前に負担をかけることになって、すまない…」
柊にとっても苦渋の決断であったことは誰に言われるまでもなく分かっていた。
だから紗葉は何も言わず、ただ父親の背に手を回すのだった。
それからの日々は輿入れ準備に追われていた。
今回の輿入れは極秘に進められたもので、知る者はごく限られていた。
そこには紗葉の兄である樹も含まれていた。
「父様…兄様には話さないのですか?」
すでに成人の儀を終えた樹は現在、薬草の調達の為家を離れていた。
それでも連絡をとろうと思えばできるのに柊はそうしようとはしなかった。
「あれはすぐに顔と態度に出る。仕事のことならともかく、家族…特にお前に関しては顕著に現れるからな」
その言葉を否定できるだけの材料もなくて、紗葉はただ苦笑いを浮かべるに留めた。