氷室の眠り姫
父としては当然の思いだろう。爽子も真剣な表情のまま頷いた。
「話を紗葉に戻しますが、あの子も同じような癒しの力を持っていました。ただ、力を使うことによって起こる危険性を分かっていましたから使わせないようにしていました」
「けれど、主上が病に倒れてしまった……」
「はい。ですが、完全に治癒させることが目的ではなかったので問題はないと判断しました。しかし…」
想定外のことが起きてしまった。氷室の枯渇である。
「紗葉の命綱ともいうべきあるモノが不足してしまい、紗葉には自重するよう伝えたのですが…」
「紗葉の命に危険があるということですか!?」
焦る爽子の言葉に柊は静かに首を横に振った。
「いいえ。それは大丈夫です。ただ、流と一緒になることは難しいでしょう」
「…私たちのせい、なのね」
項垂れる爽子に対して否定の言葉を告げたのは風音だった。
「それは違います」
キッパリと言い切る風音に、その場にいた三人が首を傾げた。
「紗葉様は危険性も含めて全てご承知の上で、ご自身で決められたのです。上皇様と爽子様が少しでも長くお幸せな時間を過ごしてほしかったのです」
紗葉は爽子に負い目を持ってほしくなくて内密に事を進めたのだ。
「……紗葉」
爽子の目に涙が浮かんだ。
「紗葉に会うことはできますか?」
一瞬迷いを見せた柊だったが、すぐにそれを振り切り立ち上がった。
「………こちらです」
「なんて澄んだ空気が流れる空間なの」
案内された氷室に入った途端、爽子は興奮したように周囲を見渡した。
「爽子様、申し訳ありませんが、ここのことも内密に願います」
柊の言葉に爽子は首を傾げた。
「上皇様ならば問題ありませんが、ここは薬師としての一族の秘密が詰まった空間です。他の薬師に存在を知られる訳にはいかないのです」
「ええ、それは勿論……でもどの薬師もこういった場所を持っているのかしら?」
「どうでしょう?ここは我が一族の薬作りの要なのですが、他にも同様の場所があるかどうかは…」
柊の答に頷きながら爽子は紗葉の姿を探すがすぐには見つからない。
「……?紗葉はどこです?」
「こちらです」
奥へと進むにつれ空気がひんやりとしだしていくが、岩壁は不思議なことにぼんやりと明かりを放っており、歩くのに不自由はなかった。
最奥まで来るとそこには横たわる紗葉の姿があったが、爽子からは流の体が邪魔で見えなかった。
けれど、厳かな雰囲気を感じ取って気軽に声をかけることができなかった。