氷室の眠り姫
爽子は改めて柊に対して何かあれば協力を惜しまないことを告げて帰途についた。
そして、柊も樹も紗葉から離れようとしない流を咎めることなどできるはずもなく、氷室の入口に風音を控えさせてその場を離れた。
「…ホントにひどい女だよ、お前は」
文句をいいながらも紗葉の頭を撫でる流の表情は優しい。
「こうなることが分かっていたから、何も言わずに俺の前から姿を消したのか?」
勿論、形だけだとしても帝家に嫁ぐとなれば他の男の元へ行くことなどできない。
そして力を持った者としての役割を果たさねばならないことも重々承知していたのだろう。
何もかも覚悟を決めて行動した紗葉を尊敬こそすれ、軽蔑したりましてや嫌ったりなどできるはずもなかった。
「……お前が俺の為を思ってのことだと分かっていても、お前の意思を踏みにじることになると知っていても」
紗葉の頭を撫でていた手が止まった瞬間、流の表情が哀しみに歪んだ。
「俺はお前以外愛せない」
流の唇が紗葉の少しかさついた唇にそっと重ねられた。
けれど、紗葉の表情も体もピクリとも動くことはなく、流の目に涙が浮かんだ。
「…俺を置いていかないでくれ」
懇願するように呟き、俯いた流の瞳から涙がこぼれ、キラリと輝く雫が音もなく紗葉の唇に落ちた。
その途端に紗葉の唇がふわっと光だした。
「紗葉……紗葉…」
閉じた流の目から次々と涙がこぼれ、紗葉の頬や額を濡らす。
その度、濡れた部分が柔らかな光に包まれるが、目を閉じている流は気付かない。
ピクリ、と指が動いた。
「……っ、紗葉!?」
バッと顔を上げた流は紗葉の全体が光りどだしていることに大きく目を見開いた。
呆然とした流だったが、すぐに我に返り風音を呼び寄せた。
「風音!」
切羽詰まった流の声に慌てて中に入った風音だったが、紗葉の状態に流と同じように呆気にとられた。
「な…流様、これはいったい?」
「俺にも分からない…急ぎ柊様を呼んできてくれ!」
「は…はい!」
事情が分からないながらも、異常事態なのは間違いなく、風音は急いで柊に報告する為に駆け出した。
そうしている間にも紗葉を包む光はどんどん大きくなり、風音が柊たちを連れて戻ってきた時には氷室全体に広がっていた。
「これはいったい……?」
唖然とする柊に、流は焦ったように問いかけた。
「柊様にもこの現象の意味にお心当たりはないのですか?」
「こんなことは初めてだ…だが」
言葉を切って、柊は紗葉を見つめた。