氷室の眠り姫
紗葉と流が出逢ったのは一年前のことだった。
国の中でも地位ある者が集うパーティーで、紗葉はまだ成人前で十五歳の時だった。
この国では男性が二十歳、女性が十六歳で成人とされていた。
けれどそれはあくまで公での年齢で、実際はもっと早くから仕事をしている者がほとんどだった。
紗葉は成人していなくとも薬師の父の仕事を手伝っていたが、公の場にでることはなかった。
にも関わらず、このパーティーに参加したのは同じ年頃の子供達が呼ばれ、交流を深める為だ。
紗葉は年齢の割には大人びていたので、上手く立ち回っていたが、少し疲れたので席を外すことにした。
その会場には素晴らしい庭園があり、この国ではあまり見ることのない花もたくさん植えられていた。
それらは無論観賞用なのだが、“これを煎じたらどんな効果がでるだろう”“他の何かと合わせるのが良いのか”と考えてしまうのは薬師の娘であるが故だろう。
そんな風に少し変わった見方をしながら庭園を散策していると、四阿(あずまや)に一人の青年が座っているのが見えた。
(この人も気分転換に散策しているのかしら?)
そう思いながらも、こういう場では成人前でも男性は特に交流を深めているものかと思っていた紗葉は内心首を傾げた。
声をかけるのも一瞬躊躇したが、無視するのもどうかと思い、挨拶だけはすることにした。
「…こんにちは」
「……やぁ」
ちらり、と紗葉の方を見た青年は稀に見る美青年で、おそらく会場にいれば同じ年頃の女の子だけでなく、年上の女性にも囲まれるだろう。
紗葉はふと青年の手元に視線を向けた。
そこには庭園に咲き誇る花が描かれていた。
と同時にその横にその花を基にした装飾品のデザインが描かれていて紗葉は思わず見惚れた。
「……素敵です…」
ぽつりと呟かれた言葉に青年が反応して紗葉にバッと顔を向けたのに気付いて、紗葉は慌てて頭を下げた。
「ご、ごめんなさい!不躾に見てしまって…」
「…いや」
紗葉が焦ってその場を離れようとした時、逆にその青年が呼び止めた。
「…キミもパーティーの参加者?」
「え?そう…だけど。あなたも、でしょう?」
関係者以外立ち入り禁止となっているこの会場にいるのだから、そうとしか思えない。
「ちょっと見てもらいたいんだけど」
そう言って青年は先程まで描いていたスケッチブックを手渡した。
「このいくつかあるデザインの中でキミがいいと思うのはどれ?」
青年が指したのはそれぞれ花をモチーフにしたブローチ。
「……単純にわたしが好きなものを選んでいいのですか?」
真剣な面持ちの青年に、戯れではないと感じ取った紗葉は確認した。
「もちろん。率直な意見を聞きたい」
言われて紗葉は真剣にデザイン画を見つめた。