氷室の眠り姫
過去に思いを馳せていたら、いつの間にか流との約束の時間になっていた。
紗葉は時計を確認すると、待ち合わせ場所に視線を戻した。
外にはたくさんの人が行き来をしている。
何かに急き立てられるように歩く人、小さな子供と手を繋いで家路につく母親、そして仲睦まじく歩く恋人たち。
視線を反らしたくなるが、紗葉は黙ったままそれらを見続けた。
ほんの少し前まで自分も変わらずああやって流と一緒にいられると思っていた。
それが叶わないと思うと涙がこぼれそうになるが、何とか押さえ込んだ。
「……!」
待ち合わせ場所に流が駆けてくる姿が見えた。
いつものように時間通りに現れた流は紗葉がいないことに首を傾げながら辺りを見回していた。
(こうして流の姿を見るのも、最後だ……)
しばらく紗葉の姿を探していたが、おとなしく待つことにしたらしく、壁にもたれている。
その姿は歩く人々の視線を集め、何人か勇気のある女の子が声をかけてみるが、流は気にもかけない。
時計を見ながら時折周りを見るが、当然紗葉を見つけることなどできない。
十分過ぎても、一時間過ぎても、流はその場から離れることなく紗葉を待ち続ける。
少しずつ曇っていく流の顔が、どんどん歪んで見えなくなっていく。
「流……」
我慢できずに溢れた涙が止まらずに、紗葉の視界を歪めていく。
「ごめんなさい、ごめんなさい……」
最後まで流の姿を目に焼き付けておきたかったのに、涙が邪魔をしてそれも叶わない。
「約束、守れなくてごめんなさい……」
ぼろぼろと止まらない涙。
歪む視界の向こうで、流は紗葉の姿を探す。
「…どうかわたしのことを嫌って、忘れて、幸せになって…」
紗葉は胸に輝く菫青石をギュッと握りしめた。
「そして、あなたを想い続けてしまうだろう、わたしを許して……」
結局、流が諦めて帰ってしまってからも紗葉はそこから動くことはなかった。