God bless you!~第11話「ヒデキとハルミ」
〝コレサワ〟
当然というか、お昼は学食で1人となる。
ノリが気を使って声を掛けてくれたけど、1人になりたいからと断った。
今は耳元、いつものように英語を聞き流しているけれど、全く頭に入って来ない。
不意に、肩を叩かれた。
松倉だった。
「あいつもほんとしょーがないヤツだよ」
通り過ぎるついでに、チョコレートを置く。許してやってくれ、とでも言ってるつもりか。許して済むならとっくにそうしている。
いつもの言い合いとは違った。
そして、俺と誰かを疑ってる。それは分かった。
聞いてて一瞬、藤谷が浮かんだが、塾がどうとか言ってるあたり、どうも違う気がする。藤谷が真面目とは言い難い。
俺が塾で誰とどんな話をしてるか、そんなの右川が知るはずがなかった。
聞かれた事も無かったし、俺から晒した事も無い。
港北大を希望している女子は結構いる。確かに時々口もきいている。
それを言うなら、阿木だってそうだ。
俺と阿木を疑うなら、こないだ生徒会室で穏やかに話したのは何だったのか。永田さんの話以外は会話も普通で、疑ってるという感じじゃない。
右川を考えた。
そんな時、右川なら、たぶん確かめる。そう思った。俺でも阿木でも。
付き合いをやめると言う前に、あれほど大泣きする前に、きっと確かめる。
〝一緒にいたくない〟
確か、そう聞こえた。あれが痛い。1番聞きたくなかった。
あの後、そこら中がザワついて、「また別れたのかよって。どういうサプライズだよ」「もう腹いっぱい。ついてけねーよ」などと笑う。呆れている。
「こっちは模擬試験でそれどころじゃない」と冷めた反応を見せる。
右川はその後も、ちゃんと授業を受けていた。
いくぶん大人しく、1番前、自分の席について。
俺はずっとその背中を眺める。
ちゃんと授業に出ていて良かったと思う半面、山下さんに失恋した時は3日も4日も出て来なかった事を思うと、またしても俺との違いを浮き彫りにする。こちらを1度も見ない以外、その様子はいつも通りだった。
まるで、言いたい事言ってせいせいしたとでも……。
俺が泣きたい。
俺がみんなの前で大泣きしたらどう責任取るんだと責めたい。
「沢村くん」
そこへ、何かに怖れるように、海川がふらふらとやってきた。
何かと思えば、推薦をもらえたと俺にお礼を言ってくる。「それは俺がやる事じゃないから」と平静を装って答えた。本当に、もうどうでも。
しかし、本当に言いたいのはそれじゃないと、海川は前置きをして、一瞬、真顔になる。まさか……右川が好きだとでも言うのかと疑った。
ところが、
「進藤から聞いたよ。僕のせいでおかしくなっちゃったのかな。本当ごめん。本当に何でもなくて。僕なんか女子とどうとかそういう感じじゃないし。ラインもしてないから。ほら、席も離してもらったんだよ」
人の良さ丸出しで、詫びてきた。
全然違うと伝えて安心させてやったとはいえ、席まで離れたと聞けば、右川から良質の友人を1人奪ってしまったようで、苦い思いがする。
右川は休憩時間になると、どこかへ消えた。
松倉の所あたり、逃げているんだろう。
授業中は、平然と隣の進藤と雑談をしている。先生に当てられて答えられず、いつも以上にオドオドするのは、後ろを意識しているからだ。
俺は、右川にとって、この最悪の状況の中で見ようと思えば見える距離にいる。近づこうと思えばできる。厄介な存在だ。だけど一生それはしないと決めつけた相手だった。その背中で、面倒くさいと嘆いている。
気が付けば、俺はいつも右川を眺めていて、桂木もこんなにつらかったのかと身をもって知らされて。
〝また別れた〟〝まだまだ仲良くケンカ中〟そんな、周りの噂の拡大範囲に任せて、一体いつまでこうしていればいいのか。
右川が落ち着いたらと、こっちは譲る気持ちもあるんだけど。
俺は頭を振った。
譲る。許す。何となくだが、どれも違う気がする。
放課後になった。なんだか長い1日である。雨はずっと降り続いている。
藤谷が何やら言いたげに、そろそろと来た。
と、思ったら、
「やっぱ無理なんだよ。右川とはさ、元からそういう感じじゃないもん」
藤谷は、俺の頭に軽く手を置いた。見る人が見たら、俺と藤谷の方が十分怪しく見える気がして、慌てて立ち上がる。今から思えば、海川は右川に対して、そこまで馴れ馴れしくはなかった。
苦い思いは益々強くなる。
「塾だから。もう行く」と、クラスを逃げ出した。
だが、塾に行けば行ったで……重森に捕まる。
面白くて仕方ないという様子で近づいてくるのだ。
親しげに、「よう」と声を掛けてくる辺りが、もうワザとらしい。
嬉しくて嬉しくて、隠し切れていない。
右川が泣いた……それだけでも愉快でしょうがないだろう。
「おまえ、振られたんだって?大変だな」
「そうでもねーよ。俺あいつに何度も振られてるから。免疫できてるし」
何度も振られてるという事実か、意外と打たれ強い俺に対してなのか、重森は開いた口が塞がらないでいる。
「え、どゆこと?」と、前の席の森畑も驚いて振り返ったので、
「いつものケンカだよ。よくやるんだ」と答えた。
クラスでも、ほとんどがそう思っている。
古屋先生が入ってきた。授業が始まるまでには、まだ時間があるが、先生は課題を広げて1番前から配り始めた。
「今朝、面白い子が来てね。双浜の生徒だったよ」
「3年生で、これさわって子なんだけど。知ってる?」と、重森に投げかけた。重森は、「そんな子知りません」と、にべもない。
生徒会に居て詳しいだろうという前提で、俺にも矛先が回ってきたけれど、俺も知らない。しかし〝これさわ〟。
「これさわ……何て言うんですか」
「そこ、聞く前に出てっちゃって。住所も、電話番号も間違えてる。通じないんだよね」
古屋先生は腕組みして考え込んだ。明らかに疑いの眼差しが伺える。
「やっぱり偽名か。やってくれたな」と、古屋先生は不穏を漂わせた。
これさわ、これさわ……次第に嫌な予感がしてくる。
「例えば、桂木っていう女子ならどう?」
すかさず重森がこちらを睨む。
桂木は別の塾に行っている。今更変えたりしないだろう。
「じゃなかったら、吉森って子は?」
「それは担任の名前です」と即座に答えると、「確かそうだよね」と古屋先生も頷いた。
修道院大学の学園祭。今年やってくる芸能人。たしか、〝コレサワ〟。
「受験と言ってたから3年のはずなんだけど、ちょっとびっくりするぐらい小柄な子でね」
古屋先生の口元は笑みを隠せない。
嫌な予感は的中だ。
右川だよ。
間違いない。
まさか、俺の架空の相手を確かめにきたのか。
さっそく古屋先生に捕まるとは運だけはいい。
「英語だけ教えてくれる塾を探してたから紹介したんだけど、もし何かその子から聞かれたらいつでも僕の所に来るように伝えて」
重森も勘付いてか、訳知り顔で意味深な目線を飛ばしてくる。
あいつは、英語を自分でやる気になったのか。
というより、もう俺には教わらない覚悟で、本気で俺と手を切るつもりだと思った。その、けじめだ。映画が始まる時のように、1つ1つの灯りが消えるみたいに……閉じられていく。
そこに1人のスーツ姿の男性が入ってきた。
その人を見た時、何かピントがずれているような感覚が襲う。
思わず2度見。
そこには、以前のようなエプロンは無かった。
あ!と思わず声が出た。
「おう。久しぶり」
山下さんだった。

山下フミアキ。
4月からの古屋先生の後任。引継ぎも兼ねて、今日から臨時で時々来る。
スーツになるとまた別人だった。
髪の毛もきれいサッパリ。悔しいくらい、イケてる。
大人びて見える森畑が、一瞬でただの18歳に戻ってしまう。女子は、体ごと持っていかれそうなほどの動揺を抑えきれず、照れる事を隠しもしない。男子も脅威を感じとっていた。それだけ、存在感があった。
「あいつ、山下さんがここに来ること、知ってるんですか」と聞くと、「知ってるよ」と朗らかに返ってきた。
俺たちの事は知ってるんですか、とは聞けなかった。
付き合ってるぐらいは、右川の兄貴から聞いているかもしれない。
右川は、実は俺の架空の相手を確かめに来たのではなく、山下さんに会いに来て、フライングか。今も、思いを残している……。
例えそうであっても、今となっては目の前の山下さんにライバル心など無かった。敵の存在が有るとすれば、それは右川の中にあると思っている。
国立クラスの緊張は、緩やかに解かれていった。
女子に向かって、「いい男だろ」と古屋先生が投げかけると、山下さんは、「何言ってんだよ」と軽くあしらう。「残念。もう結婚してるぞー」と、左手を強引に掲げられて、「やめろって」と照れていた。
古屋先生と山下さんは、あきらかに同等だった。
「彼は色々経験してるから、話が面白いと思うよ」
そのうち静かに授業は始まった。
山下さんは、部屋を出たり入ったりする関係上、パイプ椅子を持ち込んで、前に座った。
油断できないと思った。静かな目をしていながら、こちらの様子を厳しく観察している。講義中の全てを漏らさず見聞きしている気がした。
ここでは右川は関係なかった。
受験という現実に向き合う真剣の度合いを、この人に疑われたくない。
俺は、机の上のスマホをそっと閉まった。
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