God bless you!~第11話「ヒデキとハルミ」
「その顔をどうにかしろ」
重森との一件を、阿木から聞いた。
揉み合っているうち、右川が転倒して焼却炉にぶつかり、服が燃えて火傷を負ったらしい。重森の慌てぶりが、事の大きさを著している。俺なんかに助けを求めてくる程に。
春の合同競技で再燃した2人のバトルは、今も健在。何も決着が付いていない事を明らかにした。
重森は執念深い。そして、それだけ深い傷を負っていると言えなくもなかった。いつも何度も、けちょんけちょんにされて……ていうか、重森なんかどうでもよくて。
「あいつ、腕大丈夫かな」
「あの時、最初にそれを言ってあげなくちゃ。議長」
と、さっそく阿木に刺された。
恐る恐る、「俺の事、何か言ってた?」と聞いてみた。
女同士、俺に言えない事も色々話したはずだ。
「それは私の口から言えないでしょう。まるでチクるみたいじゃない」
全てを知ってるような余裕の顔だ。
その顔色から察するに、最悪の状況にはないと?
「自分で聞いてみれば?いつものように、ねちっこく追いかけて」
阿木は時々、苦い。
自分の周りを勝手に掃除されるみたいな居心地の悪さを感じる。
綺麗になるのはいいが、余計な物まで探り当てられる気がした。
本当に同級生なのかと疑う時がある。こいつの方が45歳かもしれないと思うけど、そんな事を言ったら後が怖い。
その後早々に塾に来たのだが……理数系の大半の女子からメガネが消えていたので、まず驚く。
見れば、山下さんを真ん中に据え置き、その周りを女子が取り囲み、根掘り葉掘り、沸騰しているのだ。男子は、それぞれいつもの席に座ったまま、それでも耳だけは欹ててしっかり聞いている。
いつもの席に着き、何かを読む振りで俺も聞いていた。
面白い……いや、それ以上だった。
高校は双浜。
在学中、友達とケンカして停学処分になった。
在学中、酔っ払いとケンカして警察に補導された。
在学中、彼女と、職員室でケンカして……振られた。
とにかくケンカに明け暮れた。
何度も警察沙汰寸前。親父ともケンカして、高校卒業後は家を飛び出す。
その後、他人の家に転がり込んでアルバイトを転々、ケンカも程々にやってのけ、その後、色々あって(?)猛勉強して大学を受験、そして教師の資格を取った。両親が亡くなってこっちに戻る。
それから親父のラーメン屋をしばらく継いだ。
今は、こうして地元で塾の講師に就職が決まり、そして、あの振られた彼女と……結婚した。
男子は少々、縮こまった。
そして、女子は少々、冷静になった。
「元ヤンキーって事ですよね」
森畑だけが、少々大人ぶって達観を装っている。
俺も同じことを考えた。
今の山下さんからは想像もつかないけど、右川のバトル体質は、もしかして山下さんの影響ではないかと思う。そう言えば、右川から、山下さんの武勇伝をきいた事は1度も無かったな。
聞いとけばよかった。よりリアルで面白いエピソードが聞けた筈だ。右川亭メールマガジン……今となっては、何もかもが遠い事のような気がする。
立ち直りの早い女子が、「奥さんって、どういう人なんですかぁ?」と、話題を結婚話に移した。
「なんて言うか、突き抜けたヤツだよ」
激しい人生を送ってきた山下さんと一緒になる。
それは確かに一緒に突き抜けないとやってけないだろう。
様々な事を経験し、両親の死をも乗り越えた1人の青年が、今は大人になり、穏やかな笑顔で目の前にいる。
右川が10年も思い続けた理由が分かる気がした。
さっきまでドン引きの女子が、いつの間にか山下さんの隣の席に、ちゃっかり収まって……それはやっぱり女が放っとかないだろうな。
その日の講義終わっても山下さんは女子の質問責めにあっていた。
文系クラスからも何人か。その中に阿木もいて、楽しそうに会話の輪に加わっている。右川から、もう色々と聞いているだろうと思った。そう思えるほど、阿木は最初から心を許している感じがある。
部屋を出ていく山下さんの後に続いて、女子の団体も移動。
「奥さんってぇ、どういう人なんですかぁ」と、話がまた結婚相手の事になり、頭のどっかで、それはもう聞いたからーーーと半分うんざりだ。
俺は、目の前の課題に意識を集中させた。そこに、重森がやってくる。
「席、空いてんだろ」
独りごとを言い訳のようにカマして、俺の隣に座った。
自身の課題を広げて、とはつまり、ちゃっかり居座って。
「あのさ」と、身を寄せる。
何だ。気持ちの悪い。
こないだの一件、お礼とかお詫びとか、耳元で囁くつもりかと思ったら、
「今年の文化祭だけど、来客用に広い控室をよこせってさ」
誰に言ってんだ。「知らねーよ。勝手に作ればいいだろ」と言い放ったものの、よく考えたらそれも困る。マジで勝手にやりかねない。浅枝の面倒を思って溜め息をついた。
「直接、実行委員に言えよ。ここで言われたって俺にはどうする事もできないんだから」
「おまえ議長だろ」
うるせーよ、と毒付く前に、前の森畑が無反応だった事にホッとした。
議長って何だ?と突っ込まれても、説明するのも厄介である。
というより、とにかくここでは学校の喧騒を忘れて、俺は勉強に集中したかった。重森は、何でここでわざわざ絡むのか。今じゃなくてもいい事を敢えてブッ込んでくるあたり、どういう嫌がらせなのだろう。
「沢村、こないだの模試の結果、見せろよ」
「は?言ってること分かんねーよ」
「後から来た野郎がどんぐらい焦ったら追い付けんのか、興味がある」
「うぜぇな」と、ここで森畑が参戦。
背中で聞いているのも、いい加減、我慢も限界で。
「あっちの先生にくっついて女んとこ行けや」
森畑に刺されて、重森は一度は黙った。
だが、新しい課題に取り掛かった頃を見計らって、またスリ寄って来る。
「沢村さ、俺に言いたい事あるだろ」
何を?と訊ねるのも鬱陶しかった。無視した。
「俺に謝ってくれよって」
やっぱり無視した。
だが、言うに事かいて〝謝れ〟とは……一体、何様が言っているのか。
勉強中じゃなかったら、そのアタマ鷲掴みにして外に放り出す。
「俺は、おまえの女に殺されかけたんだぞ」
俺は確信した。
重森は気を引くのが上手いのだ。
美味しいネタを振って、周りが無視できない状況を作り出す。
事実、森畑でさえ、「え?」と後ろを振り返った。
狙い通り、自分が話題の中心になる。重森は、それが愉快で仕方ない。
「こいつの女。勝手に転んで怪我してさ、大した怪我じゃないのに大騒ぎ。挙句の果てに、それが全部俺のせいになってる。やってらんないよ」
おまえのせいだろ。
おまえはケガした右川を放り出して逃げた。
それでいて、平然と俺に助けを求めた。
あのまま逃げ出した事が知れたら、自分の立場が危うくなるからだろう。
自分の事しか考えていない。
こんなのを優先して、俺は右川を責めてしまったのか。
それは、ケガした右川を放り出す重森と、どこが違うのかと……重森を責める刃は、自身にも突き刺さる。
俺は、課題を閉じた。
重森は、配られた課題を俺に投げて寄越す。
それを丸ごと、重森に返り討ち、叩き付けた。
それが思いがけず鋭い音をたてて、周りの女子が悲鳴を上げる。
そこら中に散らばる課題を踏みつけて、俺は重森の襟元を掴み上げた。
「何だよっ!痛ぇよ!離せっ!訴えるぞっ!」
重森の身体が宙に浮く。
その肩越し向こう、視界に古屋先生の姿がちらっとかすめた。
塾を辞める事になるかもしれない。それでも重森に一発喰らわせるのか。
それとも、意気地無しを晒すのか。ここに来て、覚悟が迷い始める。
周囲は、固唾を呑んで見守る。と見せて、ただただ冷笑。
森畑は固まったまま、言葉を無くしている。
周囲の状況が分かる程には、冷静さを取り戻して……遅れて、後悔がやって来た。暴れる重森を掴んだまま、その手元が震える。
その時、俺は後ろから誰かに頭を掴まれた。
弾かれて、重森に重なるように倒れ込む。
「場所をわきまえろ」
山下さんだった。
いつにもまして厳しい表情で、「向こうを片付けて」と重森を追い払う。
「その顔をどうにかしろ」
情けない顔をしている、それを山下さんに突き付けられた。
こんな幼稚な男がカズミと付き合っているのかと、見損なわれたかもしれない。山下さんと目を合わせる事ができなかった。
古屋先生が入ってくると、何事も無かったみたいに淡々と授業が始まる。
何も頭に入ってこない。記号も公式も、上滑り。
流れるまま、授業は終わった。
好奇心で粟立つ周囲を尻目に、俺は帰りを急いだ。
その日は、英語を聞かなかった。
音楽を少し聴いて、すぐに消した。
暗い道には音も光もない。
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