God bless you!~第11話「ヒデキとハルミ」
「俺さ、今は右川と付き合ってんだよ」
今日から2学期が始まる。
早朝、双浜高へ続く歩道は、ずっと先まで生徒の波が続いた。
夏の名残りの白いシャツ、男子も女子も首周りにはタオルを巻いて、水を飲んで、歩いて喋って、汗を拭って、また水を飲んで……忙しい。
俺は、スマホの英語リスニング・アプリを停止、イヤフォンを外した。
英文を、ただただ聞き流していたのは夏休み、合宿中の間だけ。
今は、聞こえた英語を1文ずつ書き出す。
そして、音声に遅れて自分も発音してみる。
登校中にそれをやる訳にはいかないので、今はもっぱら聞いてばかりだが、1日必ず30分は書き取りと発音練習に時間を割いて取り組んでいる。
そのうち1つ1つが鮮明になり、自然と意味を伝えてくるから……と古屋先生から言われているけれど、今の所、そこまでの境地には至っていない。
9月と言っても、まだまだ暑さが色濃い。コンビニの前まで来た時、ほのかに冷気を纏ったサラリーマンが出てきた。入れ違いに店内に入って、相棒・アクエリアスを買う。ここまではいつもの朝だった。
待ち合わせまで、まだしばらくある。
大騒ぎで通過する知り合い軍団の塊りを見送って、駅に向かうため、元来た道を遡った。ちょうど駅に電車が到着したばかり。
改札からは双浜生が大量に吐き出される。
愛想を振りまく必要の無い輩は、次から次へと目の前を通過した。
後輩は、声を上げない。だが会釈は忘れない。
1番厄介なのは、頼んでも居ないのに纏わり付く連中だ。
知り合いに見つかりたくない。
……いや、見つかってもいいかな。
右川が出てきた。
俺に気付いて、手を上げる。
またさらに日焼けした。髪も少し伸びた気がする。もじゃもじゃは、相変わらず。だから、そうやって手を上げなくてもすぐ分かるって。
あんまり照れ臭くて、小っ恥ずかしい。
うっかり気を抜いたら、こっちが溶けてしまいそうだ。
それを誤魔化すように、袖口で顔周りを拭ってみたり、あさっての方向を睨みつけてみたり、こっちは挙動不審が止まらない。そこら中に溢れる双浜生の目を気にしながら、俺は右川に向かった。
右川は、「らす」と気だるく呟いたかと思ったら、「飲む」と、いきなり俺の持っていたドリンクを奪った。
「暑っつい」と言いながら、右川はかなり飲んだ。
家からの長い道のり。来るだけでも疲れるだろう。
暑さを嘆いて汗を拭うその姿を、また少し優しい目で眺める。
思い出して、というか忘れないように、「これ」
あくまで平静を装って、自身の付けていたネクタイを渡した。
2学期になったら渡すという約束である。といって、今さらどんな理由を付けるのも照れ臭い。顔も見ずに、無造作に、ほいと渡す。
受け取ったネクタイをマフラーのように、右川はくるりと巻いた。何だか投げやりにも見えるが、確かにこの暑さでネクタイを結ぶのは拷問だろう。
あくまでも自然を装って、2人、歩道を行く。
歩道の向こう側にノリが居た。
冷やかしたい。イジりたい。それらをゴチャ混ぜ。
それでもノリ特有の生真面目さが勝ってか、俺以上に照れ臭そうに&恥ずかしそうに、挙動不審で先を行く。
他は、誰も無反応だった。
生徒会執行部同士、偶然一緒になり、成り行き上、一緒に登校中……そう見えるだろうな。
「この夏から、また新しい塾に行き始めてさ」
俺はおもむろに切り出した。
部活も出ることは無くなる。ときどき時間のある時に、様子を見に行く程度だ。右川は、「ふーん、まーだ勉強するんだ。すごいね」と感心した振りでまたドリンクを口に運んだ。いや、おまえもだろ。
朝から喧嘩になるのは避けたい。
いちいち突っ込むのも野暮だという気がするから、おかしなものだ。
塾のテキストを引っ張り出して、「あれ?この塾。どっかで聞いたことあるな」と悩み始めたので、もしかしたらと、「阿木も居るから。それじゃないか」と楽にしてやる。「へぇ」と、右川は素直に受け流した。
今の塾には阿木だけじゃなく重森もいる事、学部はまだ決めてない、修道院は滑り止めにする事も伝えた。「考えあって理数系で行く」という事も。
ズバリ古屋先生の影響だ。
「理数系かぁ。数学さ、今度はあたしが、ちゃんと、教えてやろうか」
と、憎憎しい事を言い出したので真面目な報告はそこで終わった。
とりあえず、ちゃんと、伝えたからな。
「塾は週3日。放課後はすぐに学校を出るから。一緒に帰れないけど」
ちらと様子を窺うと、「いいよ。別に。あたしもバイトあるし」と、いつものノリで返ってきた。
「少しは残念とか、無いの」
「そだね。残念。ちゅどーん」
終わった。
地味に暑いし、そこに校門が見えているし、ムッとする間も無かった。
ま、いいか。やっぱり、朝から大きな声は出したくないから。
そのうち、少し前に知り合いを見つけたと言って、右川は前を行く。
そこへ、同輩女子が2人、「おはよ!」と後ろからド突いて来た。
そのうちの1人は、選挙でも俺に協力してくれた、女子バレー部の藤谷サユリである。
「ねぇ沢村さ、ミノリと別れたって、あれ本当?本当の本当?」
「うん」
「じゃさ、今度あたしらと、どっか行かない?」
でた。〝どっか行かない〟
ついこないだまで、藤谷は剣持と付き合っていた。そして、ついこないだ別れたと噂され、いやまだ続いているんだと聞こえて……要するに、今現在どういう状況なのかも分からない女子だ。
うっかり一緒に出歩いて、もし既に誰かと付き合っているなら相手に悪い。その相手がいまだ剣持なら、尚の事。その誘いに安易に乗っかる野郎は皆無だろう。
……いつかは分かる事。
俺は、ある意味、チャンスと捉えた。
「俺さ、今は右川と付き合ってんだよ」
藤谷はキョトンとした。「はいぃ?」
もう1人の連れは俺を2度見する。「いやいやいや」
次の瞬間、「「ぎゃはははは!!!」」
2人は爆発的に笑い倒した。
「そーくる?」
「そーくる!?」
ひーひーと、地を這うような呻き声を聞かせたかと思うと、「やだぁ、もおぉ!」と、俺をボコボコに叩き散らし、「朝から飛ばすぅ~」と、2人は両側から俺の腕を強引に取る。
夏の合宿中。あの一連の騒動。
女子バレー部の藤谷は一部始終を知っている筈だが。
だが、
「てかさ、まだそれ言ってんの?もう全然、味がしないんですけどー」
今、分かった。藤谷サユリは、あの一部始終を冗談だと思っている。
藤谷は、連れの女子に一連の騒動を教えて、
「沢村で、あんなに笑ったの初めてー。ぎゃははは!」
何て言い種だろう。
「てかさ、お昼買いたい。コンビニ寄らね?つーか、沢村のおごりでアイス食いたい」と連れの女子の興味は、別の事に向いた。
2人の腕を振りほどきながら、「本当に付き合ってんだって!」
そして、おい!と右川を呼んだ。
右川は前を行く友達から何やらお菓子をもらったらしく、もぐもぐと口を動かしながら、振り向く。
「俺達、ちゃんと付き合ってるよな」
「そだね」
一瞬の沈黙の後、やっぱり、「「ぎゃはははは!」」と、腹を抱えて2人は笑劇に落ちた。
「ウケるんですけど。ていうか、右川にゃんを良く飼い慣らしたね~」
「沢村それまだ言うの?ってばよ」
「ロンハーのドッキリ?モニタリング?」
「カメラが無いんだけど。止めるなって?」
2人はお互いをポコポコと叩き合い、ぎゃははは!と笑い狂った様子でそこら中の男子にぶつかりながら、「ヤバい。朝から吐きそう」と、ふらふら先を行く。
「じゃ、コンビニはスルーでいいね」
「まてまて。アイスなら食えるぅ」
……冗談のまま、嵐が通り過ぎた。
こういう展開も予測できた。とはいえ、少なからずショックである。
事実が定着するには、かなりの面倒が掛かりそうだ。
見ると、右川は友達に逆戻り、お菓子を追加していた。
「朝、食ってないのかよ。てゆうか、それどころじゃないだろ」
右川は聞こえない様子で、まだまだ友達に貼り付く。
そこへ後ろから自転車の真木がやって来て、キッと俺の真横で止まった。
「うーちゃん先輩と付き合ってるって、それ本当なんですか」
息を呑んだ。展開が早すぎる。だが、生徒会は1番避けて通れない。
「そう。本当」
「マジですか」
「マジで」
「じゃまた1ヶ月後ですね。友達にも、そう言っときます」
だけど、アレまだ生きてんのかなぁ~と真木は溜め息をついた。
俺には一瞥もしないまま、よく考えたら挨拶さえもくれないまま、サーッと走り去った。
そのすぐ後ろに阿木が居て、目が合って……ゆっくりと近付いてきた。
油断ならない。
さすが女子というべきか、まず俺のネクタイに気付いてくれたのだが、「無くしたの?」と来るからスコンと肩透かしを喰らう。
「あそこの、右川に」と、それを言っただけで、「あー、さっそく盗られたのね」と、こっちが何らかの屈辱を受けた後だと誤解。
さらに、「3年目でかなり消耗してるし、面接に備えて新調しておくのもいいかもしれないわね」と被害者側が言い訳を取り繕う事を要求してきた。
「いや。あのさ。俺マジで付き合う事になって……その、右川と」
阿木は、俺と右川を2度見も3度見もした。
阿木には不似合いな間の抜けた表情で、こっちのツボにはまりそうになる。阿木は、口元の笑みと動揺を誤魔化しながら、それでもあえて平静を装う振りで、「あ、そう」とだけ言った。
阿木に関しては、何を報告しても今さら感が拭えない。その目の奥で〝やっぱりね。だから言ったでしょ〟と笑っているような気がするのだ。
「それじゃ」と、阿木は小走りで校舎に急いだ。
きっと誰にも見えない所で、ささやかにこのサプライズを楽しんでいるに違いない。(その様を想像したら……何となく怖い。)
藤谷に笑われ、真木には何故か怒られ、阿木にはさらりと聞き流され、桂木は……いつだったか俺に向かってバスケットボールを投げつけてきた勢いそのまま、「おかげでせいせいした。受験に専念するかな」と意欲を漲らせて、ただ今、俺の真横を通過して行った。(てゆうか、何て言い草だ。)
「わ。まるでドラマみたいだ」と喜んでくれたのは、夏の間に事の顛末一切合切を報告していたノリだけだった。
ノリ以外、永田や黒川などは、一通りの大騒ぎに夏休みという期間を経て、すっかり熱が醒めたのか、シラけた空気が漂っている。
「暑ぃ。ブラザーK」「だな」と、唸って通り過ぎた。
周囲の背中を見送りながら、俺はまたスマホを取り出す。
イヤフォンを着けて、アプリを起動させた。
校舎を行きながら、耳から聞こえてくる英語をぼんやりと聞く。
時間は自分で作り出す事。そして有効に使う事。
古屋先生に言われていた。
とにかく先生に言われた通りに何でもやろうと、そう思っている。
昨日も、というか今朝2時だったか、遅くまで課題をやってしまった。
朝も5時に起きたから、寝た気がしない。
塾では、今日からまた新しい課題が始まる。
やるからには、ちゃんとやる。
早朝、双浜高へ続く歩道は、ずっと先まで生徒の波が続いた。
夏の名残りの白いシャツ、男子も女子も首周りにはタオルを巻いて、水を飲んで、歩いて喋って、汗を拭って、また水を飲んで……忙しい。
俺は、スマホの英語リスニング・アプリを停止、イヤフォンを外した。
英文を、ただただ聞き流していたのは夏休み、合宿中の間だけ。
今は、聞こえた英語を1文ずつ書き出す。
そして、音声に遅れて自分も発音してみる。
登校中にそれをやる訳にはいかないので、今はもっぱら聞いてばかりだが、1日必ず30分は書き取りと発音練習に時間を割いて取り組んでいる。
そのうち1つ1つが鮮明になり、自然と意味を伝えてくるから……と古屋先生から言われているけれど、今の所、そこまでの境地には至っていない。
9月と言っても、まだまだ暑さが色濃い。コンビニの前まで来た時、ほのかに冷気を纏ったサラリーマンが出てきた。入れ違いに店内に入って、相棒・アクエリアスを買う。ここまではいつもの朝だった。
待ち合わせまで、まだしばらくある。
大騒ぎで通過する知り合い軍団の塊りを見送って、駅に向かうため、元来た道を遡った。ちょうど駅に電車が到着したばかり。
改札からは双浜生が大量に吐き出される。
愛想を振りまく必要の無い輩は、次から次へと目の前を通過した。
後輩は、声を上げない。だが会釈は忘れない。
1番厄介なのは、頼んでも居ないのに纏わり付く連中だ。
知り合いに見つかりたくない。
……いや、見つかってもいいかな。
右川が出てきた。
俺に気付いて、手を上げる。
またさらに日焼けした。髪も少し伸びた気がする。もじゃもじゃは、相変わらず。だから、そうやって手を上げなくてもすぐ分かるって。
あんまり照れ臭くて、小っ恥ずかしい。
うっかり気を抜いたら、こっちが溶けてしまいそうだ。
それを誤魔化すように、袖口で顔周りを拭ってみたり、あさっての方向を睨みつけてみたり、こっちは挙動不審が止まらない。そこら中に溢れる双浜生の目を気にしながら、俺は右川に向かった。
右川は、「らす」と気だるく呟いたかと思ったら、「飲む」と、いきなり俺の持っていたドリンクを奪った。
「暑っつい」と言いながら、右川はかなり飲んだ。
家からの長い道のり。来るだけでも疲れるだろう。
暑さを嘆いて汗を拭うその姿を、また少し優しい目で眺める。
思い出して、というか忘れないように、「これ」
あくまで平静を装って、自身の付けていたネクタイを渡した。
2学期になったら渡すという約束である。といって、今さらどんな理由を付けるのも照れ臭い。顔も見ずに、無造作に、ほいと渡す。
受け取ったネクタイをマフラーのように、右川はくるりと巻いた。何だか投げやりにも見えるが、確かにこの暑さでネクタイを結ぶのは拷問だろう。
あくまでも自然を装って、2人、歩道を行く。
歩道の向こう側にノリが居た。
冷やかしたい。イジりたい。それらをゴチャ混ぜ。
それでもノリ特有の生真面目さが勝ってか、俺以上に照れ臭そうに&恥ずかしそうに、挙動不審で先を行く。
他は、誰も無反応だった。
生徒会執行部同士、偶然一緒になり、成り行き上、一緒に登校中……そう見えるだろうな。
「この夏から、また新しい塾に行き始めてさ」
俺はおもむろに切り出した。
部活も出ることは無くなる。ときどき時間のある時に、様子を見に行く程度だ。右川は、「ふーん、まーだ勉強するんだ。すごいね」と感心した振りでまたドリンクを口に運んだ。いや、おまえもだろ。
朝から喧嘩になるのは避けたい。
いちいち突っ込むのも野暮だという気がするから、おかしなものだ。
塾のテキストを引っ張り出して、「あれ?この塾。どっかで聞いたことあるな」と悩み始めたので、もしかしたらと、「阿木も居るから。それじゃないか」と楽にしてやる。「へぇ」と、右川は素直に受け流した。
今の塾には阿木だけじゃなく重森もいる事、学部はまだ決めてない、修道院は滑り止めにする事も伝えた。「考えあって理数系で行く」という事も。
ズバリ古屋先生の影響だ。
「理数系かぁ。数学さ、今度はあたしが、ちゃんと、教えてやろうか」
と、憎憎しい事を言い出したので真面目な報告はそこで終わった。
とりあえず、ちゃんと、伝えたからな。
「塾は週3日。放課後はすぐに学校を出るから。一緒に帰れないけど」
ちらと様子を窺うと、「いいよ。別に。あたしもバイトあるし」と、いつものノリで返ってきた。
「少しは残念とか、無いの」
「そだね。残念。ちゅどーん」
終わった。
地味に暑いし、そこに校門が見えているし、ムッとする間も無かった。
ま、いいか。やっぱり、朝から大きな声は出したくないから。
そのうち、少し前に知り合いを見つけたと言って、右川は前を行く。
そこへ、同輩女子が2人、「おはよ!」と後ろからド突いて来た。
そのうちの1人は、選挙でも俺に協力してくれた、女子バレー部の藤谷サユリである。
「ねぇ沢村さ、ミノリと別れたって、あれ本当?本当の本当?」
「うん」
「じゃさ、今度あたしらと、どっか行かない?」
でた。〝どっか行かない〟
ついこないだまで、藤谷は剣持と付き合っていた。そして、ついこないだ別れたと噂され、いやまだ続いているんだと聞こえて……要するに、今現在どういう状況なのかも分からない女子だ。
うっかり一緒に出歩いて、もし既に誰かと付き合っているなら相手に悪い。その相手がいまだ剣持なら、尚の事。その誘いに安易に乗っかる野郎は皆無だろう。
……いつかは分かる事。
俺は、ある意味、チャンスと捉えた。
「俺さ、今は右川と付き合ってんだよ」
藤谷はキョトンとした。「はいぃ?」
もう1人の連れは俺を2度見する。「いやいやいや」
次の瞬間、「「ぎゃはははは!!!」」
2人は爆発的に笑い倒した。
「そーくる?」
「そーくる!?」
ひーひーと、地を這うような呻き声を聞かせたかと思うと、「やだぁ、もおぉ!」と、俺をボコボコに叩き散らし、「朝から飛ばすぅ~」と、2人は両側から俺の腕を強引に取る。
夏の合宿中。あの一連の騒動。
女子バレー部の藤谷は一部始終を知っている筈だが。
だが、
「てかさ、まだそれ言ってんの?もう全然、味がしないんですけどー」
今、分かった。藤谷サユリは、あの一部始終を冗談だと思っている。
藤谷は、連れの女子に一連の騒動を教えて、
「沢村で、あんなに笑ったの初めてー。ぎゃははは!」
何て言い種だろう。
「てかさ、お昼買いたい。コンビニ寄らね?つーか、沢村のおごりでアイス食いたい」と連れの女子の興味は、別の事に向いた。
2人の腕を振りほどきながら、「本当に付き合ってんだって!」
そして、おい!と右川を呼んだ。
右川は前を行く友達から何やらお菓子をもらったらしく、もぐもぐと口を動かしながら、振り向く。
「俺達、ちゃんと付き合ってるよな」
「そだね」
一瞬の沈黙の後、やっぱり、「「ぎゃはははは!」」と、腹を抱えて2人は笑劇に落ちた。
「ウケるんですけど。ていうか、右川にゃんを良く飼い慣らしたね~」
「沢村それまだ言うの?ってばよ」
「ロンハーのドッキリ?モニタリング?」
「カメラが無いんだけど。止めるなって?」
2人はお互いをポコポコと叩き合い、ぎゃははは!と笑い狂った様子でそこら中の男子にぶつかりながら、「ヤバい。朝から吐きそう」と、ふらふら先を行く。
「じゃ、コンビニはスルーでいいね」
「まてまて。アイスなら食えるぅ」
……冗談のまま、嵐が通り過ぎた。
こういう展開も予測できた。とはいえ、少なからずショックである。
事実が定着するには、かなりの面倒が掛かりそうだ。
見ると、右川は友達に逆戻り、お菓子を追加していた。
「朝、食ってないのかよ。てゆうか、それどころじゃないだろ」
右川は聞こえない様子で、まだまだ友達に貼り付く。
そこへ後ろから自転車の真木がやって来て、キッと俺の真横で止まった。
「うーちゃん先輩と付き合ってるって、それ本当なんですか」
息を呑んだ。展開が早すぎる。だが、生徒会は1番避けて通れない。
「そう。本当」
「マジですか」
「マジで」
「じゃまた1ヶ月後ですね。友達にも、そう言っときます」
だけど、アレまだ生きてんのかなぁ~と真木は溜め息をついた。
俺には一瞥もしないまま、よく考えたら挨拶さえもくれないまま、サーッと走り去った。
そのすぐ後ろに阿木が居て、目が合って……ゆっくりと近付いてきた。
油断ならない。
さすが女子というべきか、まず俺のネクタイに気付いてくれたのだが、「無くしたの?」と来るからスコンと肩透かしを喰らう。
「あそこの、右川に」と、それを言っただけで、「あー、さっそく盗られたのね」と、こっちが何らかの屈辱を受けた後だと誤解。
さらに、「3年目でかなり消耗してるし、面接に備えて新調しておくのもいいかもしれないわね」と被害者側が言い訳を取り繕う事を要求してきた。
「いや。あのさ。俺マジで付き合う事になって……その、右川と」
阿木は、俺と右川を2度見も3度見もした。
阿木には不似合いな間の抜けた表情で、こっちのツボにはまりそうになる。阿木は、口元の笑みと動揺を誤魔化しながら、それでもあえて平静を装う振りで、「あ、そう」とだけ言った。
阿木に関しては、何を報告しても今さら感が拭えない。その目の奥で〝やっぱりね。だから言ったでしょ〟と笑っているような気がするのだ。
「それじゃ」と、阿木は小走りで校舎に急いだ。
きっと誰にも見えない所で、ささやかにこのサプライズを楽しんでいるに違いない。(その様を想像したら……何となく怖い。)
藤谷に笑われ、真木には何故か怒られ、阿木にはさらりと聞き流され、桂木は……いつだったか俺に向かってバスケットボールを投げつけてきた勢いそのまま、「おかげでせいせいした。受験に専念するかな」と意欲を漲らせて、ただ今、俺の真横を通過して行った。(てゆうか、何て言い草だ。)
「わ。まるでドラマみたいだ」と喜んでくれたのは、夏の間に事の顛末一切合切を報告していたノリだけだった。
ノリ以外、永田や黒川などは、一通りの大騒ぎに夏休みという期間を経て、すっかり熱が醒めたのか、シラけた空気が漂っている。
「暑ぃ。ブラザーK」「だな」と、唸って通り過ぎた。
周囲の背中を見送りながら、俺はまたスマホを取り出す。
イヤフォンを着けて、アプリを起動させた。
校舎を行きながら、耳から聞こえてくる英語をぼんやりと聞く。
時間は自分で作り出す事。そして有効に使う事。
古屋先生に言われていた。
とにかく先生に言われた通りに何でもやろうと、そう思っている。
昨日も、というか今朝2時だったか、遅くまで課題をやってしまった。
朝も5時に起きたから、寝た気がしない。
塾では、今日からまた新しい課題が始まる。
やるからには、ちゃんとやる。