God bless you!~第11話「ヒデキとハルミ」
元気でやれよ、と言った
右眉の上。
何か貼るといきなり目立つ。とはいえ、患部が黒ずんでいるので、目立つ事で言えば、まだ絆創膏の方がマシだった。
重森に倒れ込んだとき、うっかり瞼に当たって出来たアザだった。
親は部活の功績と勘違いしているのか、2度見にも思いやりが感じられる。というか、どうでもいいと無視された。いつまでもイジるのは……。
「んだよッ!でけークセして、くそチビにヤラれっぱなしかよッ!」
朝から永田に話題を提供。それも、今一番言って欲しくない件だ。
「おらッ!その傷こじあけてオレ様パンチを突っ込んでやろうかッ!」
こうして、格好の餌食になる。今に始まった事じゃ無いとしても。
とりあえず落ち着け、と軽いジャブをかますのが、今は精一杯だ。
「あのさ、こないだ推薦決定組で合コンしたんだけどよッ」
これまた脈絡のない話題にさらわれて。
「合コン……」
受験一色の毎日で、そういう浮わついた話題は新鮮でさえある。
「碓井のヤツがさ、オレはスポーツ推薦だってウソ吹かしてオレ様のイチオシ、持ち帰りやがったッ」
笑う所なのか。それとも、羨ましいと地団駄を踏むべきか。
今はどっちでも無かった。正直、何でもない雑談に今は救われたような気がする。そのまま成り行き上、一緒に登校したのが間違いのもと。
2人でクラスに入ると、おおよそが俺が永田にヤラれた直後と勘違い。
ノリも言葉を無くして、慰めの第一声すら思うように出て来ない。
これは笑う所か。命拾いしたと胸を撫で下ろすのか。
まぁまぁ周囲をザワつかせて、時間が過ぎる。
事の次第、重森が周りに触れ回るとは思わなかった。国立理系クラスに、知り合いは居ない。後は、他のクラスのその他大勢、知っている輩がどこまで垂れ流すだろうか。自分が蒔いた種とはいえ、鬱陶しい事この上ない。今更後悔したって遅いけど。
昼休み。
1人で学食にいると、松倉が近づいてきた。
「今回は随分、長引いてるねー」と同情を浴びせる。
目は半分、笑っていた。
右川からどういう説明を聞いているのか知らないが、この様子を見る限りだと、ただのケンカ中だと軽く見ているフシがある。どちらかというと、海川の方が深刻に捉えていたな。
「つーか、せんせ、その顔どしたのぉ~?」
松倉には、「まぁ色々」と曖昧に濁して、俺は学食を後にした。
右川を探して回る。
海川が、「水道んとこ。武道場横。生徒会室。どれかに座ってると思うんだけど」と教えてくれたので、俺は端から全部見て回る事に。
結論から言えば、海川に聞いていた通りだった。さすが東スポ。
武道場の横に、右川がいた。
ここは通りがかる生徒も居ない。独りになるにはまたとない穴場だ。
俺が教えてやったようなもんだ。
いつだったか、2人で逃げ回って飛び込んだ思い出の場所でもある。
今はもう、遠い事のような。
校庭側から、賑やかな声が聞こえる。
そのせいか、右川は俺の気配に気が付かなかった。
左腕の包帯がまだ生々しい。俺の絆創膏とは比べ物にならない。
腕まくりでブラウスは肩までせり上がり、上着のカーディガンは左手を抜いて、垂れさがっていた。
右川は何か食べている最中のようで、いつまでもこっちに気が付かない。
「おい」と声を掛けると、驚いて振り向く。やっぱり食べていた。
開口一番、
「よくここが分かったね。てゆうか、今日一段と目つき悪いよ」
この傷を見れば一目瞭然だ。重森とやりあった事を知ってか知らずか。
「おまえの怪我、どうなの」
聞けばあれから毎日、放課後は保健室通い、包帯を取り替えているという。保健室の前から、人間とは思えない声がしているとは聞いている。
「包帯はまだしばらくは取れない」と言った。
「ぢごく♪」
いつもの右川だった。ケンカする前の。
ここで、あれは単なる大ゲンカだったと言えばそうなる気がした。
今なら自然に話せる気がする。落ち着いて聞けると、そう思った。
「本当に……俺との付き合い、やめたいの?」
右川は、口元まで持っていったパンをゆっくりと降ろした。
その口は何も語らないまま、ジッと俺を見つめて何かを考えている。
ふと目をそらしたかと思うと、首を小さく振りながら何かを辿るように思案していた。いつまで待っても返事が出てこない。
ケンカになれば次から次へとまくしたて相手を凌駕、悪事を考える時は、口から国旗を出す手品師のようにするすると垂れ流す、あの右川がここまで答えに困るとは。
本気で悩む右川を見ていたら、後悔が沸き起こった。
こんな事になるくらいなら、海川だろうがズルだろうが許せばよかった。
勉強も生徒会もしなくていい。右川の望むように楽しい話をたくさんして……山下さんの話とか、俺も聞きたかったよ。
説教と命令ばかり。
彼氏、失格だ。
「俺の事どう思ってるの」
それを言うと、右川は今期最高に難しい顔をした。
長い、長い沈黙だ。
それは真剣に悩んでいるように見えた。
悩まないと好きかどうかも分からないのかと愕然とした。
沈黙は続いた。まだまだ考えている。
考えるような事なのかと、今度こそ本当に泣きたくなった。
これ以上の沈黙は、もう耐えられそうもない。右川が気になってしょうがない俺だという事実は歴然とある。それは沈黙の時間を追う毎に咽喉の奥まで込み上げ、そのまま行き場を無くして溜まるばかりだ。
「わかった」
元気でやれよ、と俺は言った。ちゃんと勉強しろよ、と言うべきかどうか迷ったけど、最後まで説教はしたくない。
これで本当に独りになってしまった。
ノリに何て報告しよう。涙が出ないのが不思議だ。
塾で重森を相手にバカな事をして、山下さんと顔を合わせるのもツラい。
こうして右川にも振られてしまうし。それも2度目だ。
厳しい現実が続く。
それでも毎日遅くまで勉強して……心も体も、倒れそうになりながら1日が過ぎてゆく。
以前、右川にフラれた時と、同じ事を考えた。
〝もう卒業したい〟
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