God bless you!~第11話「ヒデキとハルミ」
放課後は、今日も保健室。
そしてこの後、いつだったかヒデキから名刺をもらった塾に、学校帰りに行く事になった。
なってしまった。
親父に見つかって、「どこでも行け!」と強引に申し込まれたのだ。
よく考えたら、もう沢村は教えてくれない。せっかくここまで頑張ったんだからと、まぁそんな気持ちもあったけど。
バイトは辞めたくなかった。けど、塾の都合で辞めざるをえない。
店長は「受験生だもん。その方がいいよ」と送り出してくれたけど、本当なら、右川さんが居なくちゃ困る!って引きとめてくれたっていいのに。
マジ凹むよ。
しかし英語は本当にヤバい。受験もやめちゃおうかと思うほどだ。
だけどよく考えたら、あたしが受験するのは夜間なんだから、そこまでキレッキレで勉強する必要あるかな?それと似たような事をボヤいたら、「今からサボる言い訳を考えてどうする!」と、親父にゲンコツを喰らった。
マジ人間やめたくなったワ。
でも受験辞めると言ったら言ったで、また親父と兄貴が結託してしゃしゃり出て来るのも鬱陶しいな……そんな事を考えながら、やってきました♪
〝ゆとり学舎〟。
どうにかならないの?これ。
あたしら世代以前をアザわらうネーミング・センスに笑いが込み上げる。
誰だか知らないが、この命名、絶対後悔していると見た。
ここは、個人家庭教師の寄せ集め。そんな雰囲気。
塾に入ると、仕切りで細かく仕切られている。
先生の声も、シャーペンの音も、まるで囁くように静かだった。どっかのオフィスのようで、テンション上がるぅ♪
受付のお姉さんに、仕切りで囲まれた一画に案内された。
パーティションで区切られた通路を、先生や生徒が通る。見た事無い制服ばかり。手持ち無沙汰のあたしは、椅子に着いて文房具を取り出して。
先生同士がプリントを手に、何やら話しながら通り過ぎた。
働いている人は男も女もカッコいい。
美人が多いな、と思っていると、そのうちの1人が入ってきた。
「こんにちは。あなたの担当、浅野ハルミです」
その目ヂカラが、普通じゃなかった。
はい、先生。
質問です。
「そのブルーのアイシャドウ、どこで買ったんですか」

浅野ハルミ。
恐らく、30歳前後。色白迫力系クール美人。スーツ姿にも隙が無い。
長い黒髪、白い肌。黒木メイサ?に似てる。いや褒めすぎかな。
アイシャドウのお店は教えてもらえなかった。
「は?」と目ヂカラで脅されて、「それ言わなきゃダメ?あなたが自己紹介するより優先順位は上なの?」と、返り討ち。
わーこいつ冗談通じねーとばかりに、仕方なく自己紹介する羽目になった。
「右川カズミです。双浜高校3年生」
たった、それだけ。
どう考えても、そのアイシャドウのお店の方が優先だと思った。
すぐに診断テストが配られる。えーーーさっそく?
「腕、どうしたの」と聞かれて、「転んだ」と答えた。
「それ、ドラマかなんかで真実を言いたくない時に必ず出てくる言い訳よね。で、本当は?」
撃沈。秒殺。イケてる理由が思い浮かばない。
「ま、いいわ。右手が無事で良かったわね」と逃がしてくれたので、このときは悪い人には見えなかった。それが悔やまれる。
ヒデキを知っていると聞いたので、またいつもの軽いノリ、「ハルミちゃんてさ、ヒデキとどういう関係?」とイジると、「その答え、本気で欲しがってる?今、ここで」と自慢の目ヂカラで、また脅された。
どひー。
やっぱ冗談通じねー。
「10分でこれ、訳して」
問題をよこして、ハルミちゃんはどこかに消えた。
温度が3度下がった気がする。
辞書引いていいと言われたけど、こんなに長いの10分は無理だ!
半分あきらめてノロノロやっていたら、10分後、先生は戻ってきた。
チラッと見て、また消えて、10分後また戻る。それを何度か繰り返す。
その合間合間に、檄が飛んだ。
〝やる気ないの?帰れとか言わないわよ。うちはお金貰ってるから〟
〝サボってもムダ。宿題持って家まで行くわよ。うちはお金貰ってるから〟
〝気絶禁止。暴れたら天罰。辞められないよ。うちはお金貰ってるから〟
時間中、こんな台詞のオンパレードだった。
「修道院の試験まであと4ヶ月。全然、危機感ないね。夜間だからって舐めてんの?入学してから続かないわよ。基礎が全然できてない。中学から授業もいい加減にやってた感じ。やる気というより、常識を疑うわね」
ぢ、ぢごく。
まるで沢村がここにいる。
ハルミちゃんの背中あたりにファスナーが付いていて、するする引いたら沢村が出てくるんじゃないかと。
あの日の沢村を思い出した。というか、ほとんど毎日思いだす。
重森と派手に喧嘩したらしいとアギングから聞いた。
「こればっかりは遠回りする訳にいかなかったみたいね」と、アギングは何やら含んでくれたな。
沢村に……ちょっと悪いことしたなと思った。
周りはあれはどう見ても重森が悪いと見ているらしい。やっぱりというか沢村を悪く言う人は居なかったと聞く。そうなると、そんな事に巻き込んだあたしのほうが、やっぱり極悪だと言う気がした。
TWICE女子がここぞとばかり、
「ほらァ、右川みたいなのと付き合うから」と相変わらずきっつい顔で言い放つ。やっぱりどこまでもこっちを呼び捨てだった。
沢村は勇気を出して、本当に辞めたいのかと聞いてくれた。
あたしは、どう返事をしたらいいのか、分からなかった。
楽しい事もたくさんあったし。
短い時間の間に、頭の中でそれを1つ1つ拾い上げて懐かしんでいた。
言いにくい事だったと思う。
それを自分からちゃんと切り出した沢村を、やっぱ凄いヤツだなと思った。
どう答えようかと考えていた所で、いつのまにか、沢村から終わりを告げられて……。
笑顔で別れた。
それに近かった。
笑顔で別れるという事は、全て納得して許された、と同じだろうか。
「トランスしてる暇があったら、この英文、10分で訳して」
ハルミちゃんの檄が飛んだ。そして、またすぐにどこかへ飛んで行く。
どうもハルミちゃんは、あたしと誰かを掛け持ちしているらしい。
二股かよ!と憤ったけど、ずっと目の前にいられるのも正直困るから、居ないほうが都合いいかも。それでもきっちり10分で戻ってくるから、可愛気ないよ。
半分も行かない和訳を見て、あからさまに「は?」とキレた。
「この、明日の後の日って何?慣用句って知ってるよね。day after tomorrow。あさっての事。これ受験生の常識。あとさ、あなたに頼んだのは和訳なの。オリジナルストーリーが聞きたいわけじゃないんだけど。この突然出てくる姉貴の彼氏って、どいつの事言ってんの?」
2時間延々と和訳をやり続け、散々罵倒された。
掛け持ちはどうなった!?
地獄。地獄。
もう嫌だ、もう逃げたい。もう辞める。
そんな事を思った帰り際、ハルミちゃんからCDプレーヤーを渡された。
くれると言うけど、今どきCDプレーヤーって……これだから昭和は。
今度はモノで釣る作戦かと警戒していたら、「英会話が入ってるから聞いてみて」と言われた。「お土産」と、でる単も渡される。食べた事ない。
次の日……モノをもらった負い目もあって、仕方なく塾に行く。
挨拶もそこそこ、「聞いた?」と聞かれて、恐る恐る、「はい」と頷くと、「ウソついても解るよ」と、ご自慢の目ヂカラで、何もかもお見通しだった。
「これ、芸能人のお話。最新版。わざわざ作ってあげたんだから、ちゃんと聞きなさい」
そして、またいつもの10分英文攻撃。さらなる罵倒は続いた。
これなら金取らないだけ、沢村の方がマシだよ。
帰り道、しょうがねーなーと聞いてみる。
最初に塾に来た時、受付票・趣味の欄にテレビと書いたもんだからこんなの寄越したと推察した。とりあえず聞いてみる。
女3人組のお喋り英会話。
これが最新!?
ハルミちゃんの現実感覚疑う。古過ぎて、神。
会話の中に、竹ノ内豊が出てきて、これってハルミちゃんの趣味だよぉ~と呆れながらも聞く。福山雅治……やっぱりハルミちゃんの趣味だよぉ~。
それでも、会話のノリが面白そうなので、まーまー聞いてみる。
時々、分かる部分もあった。
ふと、話題に、みやぞんが出てきて、何か笑ってる事は分かるんだけど。
何を話してるんだろう。
何をそんなにウケてるんだか。
これはもうちょっと、分かりたいな。
< 22 / 27 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop