God bless you!~第11話「ヒデキとハルミ」
赤ペンの凶器
朝、偶然、永田とコンビニで会った。
ていうか、また?と言いたいぐらい一緒になる。
また何かイジられると思っていたら、つと動きを止めて、
「おい、揺れてね?」と来た。
「地震?」
永田と2人、まるで漫才コンビのように仲良く立ち止まる。
この所は、俺自身が揺れているような錯覚に陥る。
身体半分がレムとノンレムを彷徨っているみたいだ。
他の客が動じていない所を見て、「なんつって。オゴれよ、議長」と、ついでのようにカツアゲ。マジで力抜ける。
それを無視して、俺はいつもの相棒を買った。
永田は、アイスとマンガとパンを買って。
甘んじて、しばらく一緒に登校。
右川と付き合っていると公言してより、ノリは遠慮して(気を利かせて)、朝は別々の登校となった訳だが、それで永田に捕まっていたら世話無い。
笑うしかない。そんなノリの気遣いも、今となっては……。
真横を、自転車が何台も通過する。なかなかの暴走で、驚く暇も無い。後輩の挨拶は間に合わない。だから、厄介な輩を避けるに丁度良い。尤も、パンに食らい付いている永田にとっては、挨拶も何も邪魔なだけだ。
「あの、くそチビ。変だよな」
それだけ言うと、永田はパンを飲み込んだ。
何を今更と思っていると、その右川本人が目の前、少し先を行く。
いつも通り、元気そうで。鼻歌でも口ずさんでいるのか軽快な足取りだ。
俺は次の信号、道路を向こう側に渡って、反対側の歩道に変えた。
永田も、うっかりそれに倣って後を付いてくる。
右川は、どうして笑っていられるのか。それが不思議で仕方ない。
自分にはまだ時間が必要だった。
泣くに泣けない俺自身も、不思議といえば不思議だけど。
永田が、俺の後を静かに付いて来る。何やら言いたそうな顔にも見える。
最近は、周りの噂も一時期に比べたら落ち着いてきたと思うけど。
曰く。
沢村と右川が話しているのを見掛けない。仲直りした感じじゃない。2人で勉強している姿も見なくなった。本当に別れたのかもしれない。いや、そもそも前提として、あいつら本当に付き合ってたの?あれは都市伝説ではなかったか。妄想。幻。祭り……今度こそ周りはそう見ているらしかった。
「おまえと右川ってさ、マジな話、今どうなってんの」
永田がいつになく真面目に聞いてくる。
「別れたよ」
永田はため息をついて、「おまえらもかよ」と呟いた。
「最近オレの周りで次々と、みんな破局しちゃうんだよなァ」
兄貴と阿木の事を言っていると思った。だからと言って、おまえが疫病神だと罵るだけの根拠も元気も、今の俺には無い。「もうあんまり騒がないでくれたら」と心底頼んだ。
永田は神妙に頷いている。永田まで深刻にさせてしまった。そんな事、一生有り得ないと思っていたけど。
今も反対側を歩いている。
その距離は少し近づいた。
何かを聞きながら歩いている右川が遅いからだ。音楽を聴いているんだろうと思っていたが、どうも様子がおかしい。時々、「Great!」とかなんとか言いながら、難しい顔をして、混乱しながらもヘラヘラと笑う。
一体、何を聴いてるんだろう。
スキップにも似たステップを踏みながら、挙動不審で周囲を惑わせる。
腕の包帯は、また少しコンパクトになって。
そう言えば、塾に行き始めたと……風の噂に聞いた。
とうとう俺はお役ご免。
フラれた事よりも、何故かそっちのほうが胸を締め付ける。
周りを行く人達がドン引きで避ける事にも、右川は気が付かなかった。
何なのか分からないが、そんなに楽しいならちょっと知りたいとは思う。
放課後の生徒会室。
まだ誰も来ていなかった。
毎年お馴染みの、文化祭舞台タイム・スケジュールがテーブル上大半を占めている。半分が埋まっていた。このペースなら早い段階で雑用から解放されるかもしれない。
椅子の上に、右川の荷物があった。
2度見した。間違いない、右川の物だ。
本人がここに戻ってくる前に出て行こうかと迷った。右川のカバンから乱雑な中身と共にプリントが2,3枚こぼれて落ちる。
思わず拾った。
見た。
うっ。
そこは、真っ黒と真っ赤の激しい攻防戦が繰り広げられている。
圧倒的に赤ペンが優勢だった。
曰く。
〝常識で考えて。犬が死んだのに、優しいキャサリンがここで笑う?〟
〝今日出た単語、全部覚える。明日テストね。逃げたら増やすよ〟
〝綴り間違い。字が汚い。これが地獄。単語と一緒に覚えておきなさい〟
唖然とした。
〝ゆとり学舎〟と、プリントの隅っこにある。
右川が行き始めたという塾だろうか。
この赤ペンは、恐らく塾の先生だと思うけど……しかしこれのどこが〝ゆとり〟なのか。こういう事なら断然、俺の方が余裕で優しかったはずだ。
その時、生徒会室ドアの向こうから、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
俺は慌てて、プリントを荷物に押しこむ。咄嗟に、持っていたイヤフォンを装着。英語を聞くフリで椅子に座り、軽く目を閉じた。
そこにやって来たのは、右川と浅枝だ。
物音に反応する素振りで、俺は2人を一瞥。浅枝は、いつかのように反応に迷いながらも、「やだぁ、すみませーん」と意味不明の愛想を振り撒く。
右川は〝来てしまった〟と、どこか残念感を漂わせた。
こっちも同程度の迷惑を装って、2人に背中を向ける。
見たまんま、俺は何かを聴いている人……取り付く島があって良かった。
「右川先輩、たけのこの里」
「食べる」
2人並んで、ポリポリと始まる。
浅枝の気の使い様が冴えているかどうかは別として、お菓子で口元が塞がれば、余計な会話をする面倒は無い。しばらくは無言でポリポリが続いた。
頼みの、たけのこが無くなりそう。
だが浅枝はもうさっそく次を見つけたらしい。
「右川先輩、これ宿題ですかぁ?」と喰いついた。
よりにもよって、それ。
「ちょ。勝手に見ないでよっ」
塾の課題だと、右川は言った。
「ゆとり?聞いた事無いです。これって、どういう塾ですか」
「どうって、こういう塾。ハルミちゃんは特別こういう性格だけどね」
ハルミちゃん。恐らく先生か。
「こういう先生に、ちゃんづけマズくないですか。何か厳しそう」
「平気だよ。何言ったって。こっちが金出してんだからさ」
音量最小でイヤフォンを付けたまま、俺はこのやり取りをじっくり堪能。
あの程度の英語力を引っ提げて、何でそこまで上から目線でモノが言えるのか。それが不思議で仕方ない。
「ハルミちゃん美人だけど、女子力は低い」と、そこから、ハルミちゃんあるあるに発展して、聞いている限りだと(あるあるは別として)、どうも俺の行ってる塾とは根本的にシステムが違うらしい事は分かった。
右川と浅枝の会話を聞いている間中、やけに昔を思い出す。
まだここまで険悪じゃなかった頃、浅枝みたいに会話する事もあった。
そんないつかのように、自然に話せたら……友達ならうまくいく、そういう事もあるかもしれない。
それも釈然としなかった。
それだけでは済まないと、まだ今もどこかでそう思っている。
右川は何かを取りに来ただけらしく、荷物は置いたまま、出て行った。
浅枝も、少々俺に気は使いながらも、右川と一緒に生徒会室を後にした。
俺は、英語を止めた。
また、さっきの答案を見る。
ため息が出た。それでも以前よりは出来ているような。真っ黒が3分の2以上は進んでいるし。しかしそれを上回る赤ペンの凶器が……。
こんなの。
「そんなに気になるなら、本人に直接聞けばいいじゃないの」
「おわ。脅かす」
いつの間にか阿木が来ていた。
「いつかのプレゼントは渡したの?」と、またしても余計な掃除か。
「そんなの、もう……知ってるだろ」
例え買っていたとしても、別れてしまった以上、もう渡す理由が無い。
実際、もともと渡す必要がない事が後で分かった……という切ない話だ。
右川から誕生日が9月10日だと聞いて後日、生徒会室で阿木に会い、「一応プレゼントを買おうと思うんだけど、何がいいかな」と相談したら、「右川さんの誕生日って、確か9月じゃないわよ」と言う。驚きすぎてムカついて、〝彼女 誕生日〟で検索中のグーグルをブチ切れ。
生徒名簿でよくよく調べたら、誕生日は1月だった。
それがあの、最後の大ゲンカに繋がって……だから結局、買ってない。
「誕生日もだけど、沢村くん達って、あれだけ言い合って肝心な話は全然してないのね」
また阿木に、汚い所を見つけられた気がした。
「いつまで遠回りするのかしらね」
これは遠回りなのか。それとも、もうこれっきりなのか。
阿木が、これを遠回りというのなら、まだ可能性はあるという事なのか。
恐る恐る、その様子を窺いつつ、
「あのさ、ちょっと頼みたいんだけど」
ていうか、また?と言いたいぐらい一緒になる。
また何かイジられると思っていたら、つと動きを止めて、
「おい、揺れてね?」と来た。
「地震?」
永田と2人、まるで漫才コンビのように仲良く立ち止まる。
この所は、俺自身が揺れているような錯覚に陥る。
身体半分がレムとノンレムを彷徨っているみたいだ。
他の客が動じていない所を見て、「なんつって。オゴれよ、議長」と、ついでのようにカツアゲ。マジで力抜ける。
それを無視して、俺はいつもの相棒を買った。
永田は、アイスとマンガとパンを買って。
甘んじて、しばらく一緒に登校。
右川と付き合っていると公言してより、ノリは遠慮して(気を利かせて)、朝は別々の登校となった訳だが、それで永田に捕まっていたら世話無い。
笑うしかない。そんなノリの気遣いも、今となっては……。
真横を、自転車が何台も通過する。なかなかの暴走で、驚く暇も無い。後輩の挨拶は間に合わない。だから、厄介な輩を避けるに丁度良い。尤も、パンに食らい付いている永田にとっては、挨拶も何も邪魔なだけだ。
「あの、くそチビ。変だよな」
それだけ言うと、永田はパンを飲み込んだ。
何を今更と思っていると、その右川本人が目の前、少し先を行く。
いつも通り、元気そうで。鼻歌でも口ずさんでいるのか軽快な足取りだ。
俺は次の信号、道路を向こう側に渡って、反対側の歩道に変えた。
永田も、うっかりそれに倣って後を付いてくる。
右川は、どうして笑っていられるのか。それが不思議で仕方ない。
自分にはまだ時間が必要だった。
泣くに泣けない俺自身も、不思議といえば不思議だけど。
永田が、俺の後を静かに付いて来る。何やら言いたそうな顔にも見える。
最近は、周りの噂も一時期に比べたら落ち着いてきたと思うけど。
曰く。
沢村と右川が話しているのを見掛けない。仲直りした感じじゃない。2人で勉強している姿も見なくなった。本当に別れたのかもしれない。いや、そもそも前提として、あいつら本当に付き合ってたの?あれは都市伝説ではなかったか。妄想。幻。祭り……今度こそ周りはそう見ているらしかった。
「おまえと右川ってさ、マジな話、今どうなってんの」
永田がいつになく真面目に聞いてくる。
「別れたよ」
永田はため息をついて、「おまえらもかよ」と呟いた。
「最近オレの周りで次々と、みんな破局しちゃうんだよなァ」
兄貴と阿木の事を言っていると思った。だからと言って、おまえが疫病神だと罵るだけの根拠も元気も、今の俺には無い。「もうあんまり騒がないでくれたら」と心底頼んだ。
永田は神妙に頷いている。永田まで深刻にさせてしまった。そんな事、一生有り得ないと思っていたけど。
今も反対側を歩いている。
その距離は少し近づいた。
何かを聞きながら歩いている右川が遅いからだ。音楽を聴いているんだろうと思っていたが、どうも様子がおかしい。時々、「Great!」とかなんとか言いながら、難しい顔をして、混乱しながらもヘラヘラと笑う。
一体、何を聴いてるんだろう。
スキップにも似たステップを踏みながら、挙動不審で周囲を惑わせる。
腕の包帯は、また少しコンパクトになって。
そう言えば、塾に行き始めたと……風の噂に聞いた。
とうとう俺はお役ご免。
フラれた事よりも、何故かそっちのほうが胸を締め付ける。
周りを行く人達がドン引きで避ける事にも、右川は気が付かなかった。
何なのか分からないが、そんなに楽しいならちょっと知りたいとは思う。
放課後の生徒会室。
まだ誰も来ていなかった。
毎年お馴染みの、文化祭舞台タイム・スケジュールがテーブル上大半を占めている。半分が埋まっていた。このペースなら早い段階で雑用から解放されるかもしれない。
椅子の上に、右川の荷物があった。
2度見した。間違いない、右川の物だ。
本人がここに戻ってくる前に出て行こうかと迷った。右川のカバンから乱雑な中身と共にプリントが2,3枚こぼれて落ちる。
思わず拾った。
見た。
うっ。
そこは、真っ黒と真っ赤の激しい攻防戦が繰り広げられている。
圧倒的に赤ペンが優勢だった。
曰く。
〝常識で考えて。犬が死んだのに、優しいキャサリンがここで笑う?〟
〝今日出た単語、全部覚える。明日テストね。逃げたら増やすよ〟
〝綴り間違い。字が汚い。これが地獄。単語と一緒に覚えておきなさい〟
唖然とした。
〝ゆとり学舎〟と、プリントの隅っこにある。
右川が行き始めたという塾だろうか。
この赤ペンは、恐らく塾の先生だと思うけど……しかしこれのどこが〝ゆとり〟なのか。こういう事なら断然、俺の方が余裕で優しかったはずだ。
その時、生徒会室ドアの向こうから、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
俺は慌てて、プリントを荷物に押しこむ。咄嗟に、持っていたイヤフォンを装着。英語を聞くフリで椅子に座り、軽く目を閉じた。
そこにやって来たのは、右川と浅枝だ。
物音に反応する素振りで、俺は2人を一瞥。浅枝は、いつかのように反応に迷いながらも、「やだぁ、すみませーん」と意味不明の愛想を振り撒く。
右川は〝来てしまった〟と、どこか残念感を漂わせた。
こっちも同程度の迷惑を装って、2人に背中を向ける。
見たまんま、俺は何かを聴いている人……取り付く島があって良かった。
「右川先輩、たけのこの里」
「食べる」
2人並んで、ポリポリと始まる。
浅枝の気の使い様が冴えているかどうかは別として、お菓子で口元が塞がれば、余計な会話をする面倒は無い。しばらくは無言でポリポリが続いた。
頼みの、たけのこが無くなりそう。
だが浅枝はもうさっそく次を見つけたらしい。
「右川先輩、これ宿題ですかぁ?」と喰いついた。
よりにもよって、それ。
「ちょ。勝手に見ないでよっ」
塾の課題だと、右川は言った。
「ゆとり?聞いた事無いです。これって、どういう塾ですか」
「どうって、こういう塾。ハルミちゃんは特別こういう性格だけどね」
ハルミちゃん。恐らく先生か。
「こういう先生に、ちゃんづけマズくないですか。何か厳しそう」
「平気だよ。何言ったって。こっちが金出してんだからさ」
音量最小でイヤフォンを付けたまま、俺はこのやり取りをじっくり堪能。
あの程度の英語力を引っ提げて、何でそこまで上から目線でモノが言えるのか。それが不思議で仕方ない。
「ハルミちゃん美人だけど、女子力は低い」と、そこから、ハルミちゃんあるあるに発展して、聞いている限りだと(あるあるは別として)、どうも俺の行ってる塾とは根本的にシステムが違うらしい事は分かった。
右川と浅枝の会話を聞いている間中、やけに昔を思い出す。
まだここまで険悪じゃなかった頃、浅枝みたいに会話する事もあった。
そんないつかのように、自然に話せたら……友達ならうまくいく、そういう事もあるかもしれない。
それも釈然としなかった。
それだけでは済まないと、まだ今もどこかでそう思っている。
右川は何かを取りに来ただけらしく、荷物は置いたまま、出て行った。
浅枝も、少々俺に気は使いながらも、右川と一緒に生徒会室を後にした。
俺は、英語を止めた。
また、さっきの答案を見る。
ため息が出た。それでも以前よりは出来ているような。真っ黒が3分の2以上は進んでいるし。しかしそれを上回る赤ペンの凶器が……。
こんなの。
「そんなに気になるなら、本人に直接聞けばいいじゃないの」
「おわ。脅かす」
いつの間にか阿木が来ていた。
「いつかのプレゼントは渡したの?」と、またしても余計な掃除か。
「そんなの、もう……知ってるだろ」
例え買っていたとしても、別れてしまった以上、もう渡す理由が無い。
実際、もともと渡す必要がない事が後で分かった……という切ない話だ。
右川から誕生日が9月10日だと聞いて後日、生徒会室で阿木に会い、「一応プレゼントを買おうと思うんだけど、何がいいかな」と相談したら、「右川さんの誕生日って、確か9月じゃないわよ」と言う。驚きすぎてムカついて、〝彼女 誕生日〟で検索中のグーグルをブチ切れ。
生徒名簿でよくよく調べたら、誕生日は1月だった。
それがあの、最後の大ゲンカに繋がって……だから結局、買ってない。
「誕生日もだけど、沢村くん達って、あれだけ言い合って肝心な話は全然してないのね」
また阿木に、汚い所を見つけられた気がした。
「いつまで遠回りするのかしらね」
これは遠回りなのか。それとも、もうこれっきりなのか。
阿木が、これを遠回りというのなら、まだ可能性はあるという事なのか。
恐る恐る、その様子を窺いつつ、
「あのさ、ちょっと頼みたいんだけど」