God bless you!~第11話「ヒデキとハルミ」
とことん後輩にこだわる仕事
次の日。
緊張感は最大MAX。
俺は、塾に行く。
もう、ずる休みのイエロー・カードは使えない。
森畑は、「ういっす」と、いつも通りに挨拶をくれた。「ちょ、辞書貸して」と、辞書と本日の課題を丸ごとさらって(!)勝手に答え合わせ。
いつも通りを意識して。敢えて適当を演じて。
森畑の遠回しな思いやりは、心地好いを通り越し、今は申し訳ないとすら。
周囲は、キツい一瞥は寄越すものの、もうそれどころじゃないという別の緊張感に取って変わった。
重森も居る。肩越しに1度見たきり、背中を向けたまま冷静を装っている。
今はもう、何も言うつもりもない。ムダに周りを刺激するだけだ。
古屋先生が入ってきた。山下さんも。
特に何も変わらない、いつも通りの授業が始まる。
リセットが、こんなにもサラリと進む事が不思議だった。それほど、周りは自分の事で精一杯。それ所じゃない。助かったというべきか。甘んじて。
講義が終わると、山下さんが近付いてきた。
「今日、これから時間ある?」
はい、と返事した。
進路指導室の小部屋に通される。
これは逃げられない。
右川の話になるかもしれない。こないだの重森の事もある。
初めて塾を休んだ。ズル休みとバレている。
間違いない。この年代に、隠し事はできないから……説教部屋だ。
そう信じて疑わなかった。
しかし、椅子に腰掛けると、山下さんは笑顔で、
「えっと、将来の事なんだけどさ」
え……。
そこ?
ここ最近において進路とは当たり前の話題だが、山下さんに関する限り、そんな展開は予想していなかった。2人で向き合ってちゃんと話すのは、思えば今日が初めてである。
右川と俺の事情を知っていても、それを改めて話題に出して話す事は無かった。重森あたりが頼みもしないのに色々と余計な事を吹聴していく。聞きながら平静を装っても、気になっていたと思う。
1度は右川の事で重森を相手に突っかかり、山下さんは止めてくれたが、そういう俺を見て、増々心配になったんじゃないか。
今も……右川の話は全く出て来ないけど。
「何か考えてんだっけ?」と訊かれて、「いえ。何にも」と正直に晒す。
「だったら沢村くん、将来は教師になったら」と直球、打診された。
それに返事をしない内から、山下さんはずっと港北大学の教育学部について熱弁が始まる。
教育論。
心理学。
教育の歴史。
からの、就活。
「学校勤務もいいけど、こだわらないっていうのもアリだと思うよ。今って、生涯学ぼうって時代だから、ジャンルを開拓すればニーズは生まれるんじゃないかな」
そこから、大人をターゲットにした歴史のクラスを開講したという知り合いのサクセス・ストーリーになった。
置いてけぼり、と感じるのは自分が答えを持ち合わせていないから、か。
俺が先生。
俺が?
俺が……。
「港北大は、ゼミに関しては期待できるかも。本出してる先生が多いね」
「山下さんも卒業生なんですか」と聞いたら、
「僕の頃はまだその大学は無いよ」と笑われた。
「あ……」
確かにそうだった。聞いていた。忘れている。どうかしている。
「僕は広島の大学に行ったんだけど」
家に卒業証書が飾られてあった事を思い出す。
「遠いですよね」
「だから地元に大学ができて、君達がうらやましいよ」
山下さんは、終始笑顔だった。
教師の資格についても教えてくれた。
「ゆくゆくは、ここで働く?」と、山下さんは謎めいて笑う。
そこまで視野に入れる事は、簡単な……訳は無い。
これから10年後をここで一気に決める。俺はそんな錯覚に陥った。
自分の進路に関して、俺は雑談の中ですら古屋先生とも話した事がない。
これからをどうするか。自分でもどうしたらいいのか、はっきりと見えていない。今でも。
山下さんとは、重森の事があって以後、自分はもう見損なわれたと思い込んでいたから、こんな話ができるとは思わなくて……泣きたくなるほど、嬉しかった。
以前と変わらず温かい眼差しで俺の一挙一動をずっと見ていてくれる。
それで教師を勧めようと判断してくれた。そう思えた。山下さんにそこまで言われて、何も考えないといえば嘘になる。
思いを巡らせていると、
「カズミだけど。また何か迷惑かけてないか」
唐突、右川の話になった。それは意外にも右川に対して厳しく聞こえる。
「重森くんの言うように、本当に別れたの?」
「お、僕が……振られたんです」
その目が真剣だったから、俺は正直に答えた。
同時に、重森の件をここで詫びた。
「君があれだけキレるんだから、何かよっぽどの事なんだろうね」
「右川が、ちょっと怪我しちゃって。今はもう大丈夫なんですけど」
山下さんはため息をついた。
「カズミの奴、また無茶やったのか。しょうがねぇな」
最後の荒々しい口調。
一瞬、高校時代の破天荒な山下さんを垣間見た気がする。
「男子相手にいつまでも無茶が通じると思ったら大間違いだ。いっぺん謝らせた方がいいな」
「謝らなくていいですよ。今回は重森が絶対悪いんで」
これぐらいは刺してもいいだろう。
「君も随分我慢してるんだろ。カズミは色々と難しいから」
まるでお見通しのように聞こえた。俺なんかよりは全然右川の事をよく理解している。そして、やっぱりかなり心配している。そう見て取れた。
「今は普通に話もします。生徒会もあるし。そういう友達として何とか」
うまくやってます……。
山下さんは黙って、まるで何かを探るようにずっと俺の方を見ている。
どんなに隠してもムダだと思った。
まだ未練タラタラ。きっとバレている。
沈黙に耐えられず、席を立つ。
「教師の件、考えといてよ」と別れ際、山下さんに言われた。
話の間も、ずっと右川が浮かんだ。あいつには結構教えてやったな。
勉強は教えてないけど、浅枝も真木も浮かんだ。
勉強でも生徒会でもない、石原も出てきた。
教師。
それは、とことん後輩にこだわる仕事、と思う。
俺は、こだわっていけるかもしれない。
緊張感は最大MAX。
俺は、塾に行く。
もう、ずる休みのイエロー・カードは使えない。
森畑は、「ういっす」と、いつも通りに挨拶をくれた。「ちょ、辞書貸して」と、辞書と本日の課題を丸ごとさらって(!)勝手に答え合わせ。
いつも通りを意識して。敢えて適当を演じて。
森畑の遠回しな思いやりは、心地好いを通り越し、今は申し訳ないとすら。
周囲は、キツい一瞥は寄越すものの、もうそれどころじゃないという別の緊張感に取って変わった。
重森も居る。肩越しに1度見たきり、背中を向けたまま冷静を装っている。
今はもう、何も言うつもりもない。ムダに周りを刺激するだけだ。
古屋先生が入ってきた。山下さんも。
特に何も変わらない、いつも通りの授業が始まる。
リセットが、こんなにもサラリと進む事が不思議だった。それほど、周りは自分の事で精一杯。それ所じゃない。助かったというべきか。甘んじて。
講義が終わると、山下さんが近付いてきた。
「今日、これから時間ある?」
はい、と返事した。
進路指導室の小部屋に通される。
これは逃げられない。
右川の話になるかもしれない。こないだの重森の事もある。
初めて塾を休んだ。ズル休みとバレている。
間違いない。この年代に、隠し事はできないから……説教部屋だ。
そう信じて疑わなかった。
しかし、椅子に腰掛けると、山下さんは笑顔で、
「えっと、将来の事なんだけどさ」
え……。
そこ?
ここ最近において進路とは当たり前の話題だが、山下さんに関する限り、そんな展開は予想していなかった。2人で向き合ってちゃんと話すのは、思えば今日が初めてである。
右川と俺の事情を知っていても、それを改めて話題に出して話す事は無かった。重森あたりが頼みもしないのに色々と余計な事を吹聴していく。聞きながら平静を装っても、気になっていたと思う。
1度は右川の事で重森を相手に突っかかり、山下さんは止めてくれたが、そういう俺を見て、増々心配になったんじゃないか。
今も……右川の話は全く出て来ないけど。
「何か考えてんだっけ?」と訊かれて、「いえ。何にも」と正直に晒す。
「だったら沢村くん、将来は教師になったら」と直球、打診された。
それに返事をしない内から、山下さんはずっと港北大学の教育学部について熱弁が始まる。
教育論。
心理学。
教育の歴史。
からの、就活。
「学校勤務もいいけど、こだわらないっていうのもアリだと思うよ。今って、生涯学ぼうって時代だから、ジャンルを開拓すればニーズは生まれるんじゃないかな」
そこから、大人をターゲットにした歴史のクラスを開講したという知り合いのサクセス・ストーリーになった。
置いてけぼり、と感じるのは自分が答えを持ち合わせていないから、か。
俺が先生。
俺が?
俺が……。
「港北大は、ゼミに関しては期待できるかも。本出してる先生が多いね」
「山下さんも卒業生なんですか」と聞いたら、
「僕の頃はまだその大学は無いよ」と笑われた。
「あ……」
確かにそうだった。聞いていた。忘れている。どうかしている。
「僕は広島の大学に行ったんだけど」
家に卒業証書が飾られてあった事を思い出す。
「遠いですよね」
「だから地元に大学ができて、君達がうらやましいよ」
山下さんは、終始笑顔だった。
教師の資格についても教えてくれた。
「ゆくゆくは、ここで働く?」と、山下さんは謎めいて笑う。
そこまで視野に入れる事は、簡単な……訳は無い。
これから10年後をここで一気に決める。俺はそんな錯覚に陥った。
自分の進路に関して、俺は雑談の中ですら古屋先生とも話した事がない。
これからをどうするか。自分でもどうしたらいいのか、はっきりと見えていない。今でも。
山下さんとは、重森の事があって以後、自分はもう見損なわれたと思い込んでいたから、こんな話ができるとは思わなくて……泣きたくなるほど、嬉しかった。
以前と変わらず温かい眼差しで俺の一挙一動をずっと見ていてくれる。
それで教師を勧めようと判断してくれた。そう思えた。山下さんにそこまで言われて、何も考えないといえば嘘になる。
思いを巡らせていると、
「カズミだけど。また何か迷惑かけてないか」
唐突、右川の話になった。それは意外にも右川に対して厳しく聞こえる。
「重森くんの言うように、本当に別れたの?」
「お、僕が……振られたんです」
その目が真剣だったから、俺は正直に答えた。
同時に、重森の件をここで詫びた。
「君があれだけキレるんだから、何かよっぽどの事なんだろうね」
「右川が、ちょっと怪我しちゃって。今はもう大丈夫なんですけど」
山下さんはため息をついた。
「カズミの奴、また無茶やったのか。しょうがねぇな」
最後の荒々しい口調。
一瞬、高校時代の破天荒な山下さんを垣間見た気がする。
「男子相手にいつまでも無茶が通じると思ったら大間違いだ。いっぺん謝らせた方がいいな」
「謝らなくていいですよ。今回は重森が絶対悪いんで」
これぐらいは刺してもいいだろう。
「君も随分我慢してるんだろ。カズミは色々と難しいから」
まるでお見通しのように聞こえた。俺なんかよりは全然右川の事をよく理解している。そして、やっぱりかなり心配している。そう見て取れた。
「今は普通に話もします。生徒会もあるし。そういう友達として何とか」
うまくやってます……。
山下さんは黙って、まるで何かを探るようにずっと俺の方を見ている。
どんなに隠してもムダだと思った。
まだ未練タラタラ。きっとバレている。
沈黙に耐えられず、席を立つ。
「教師の件、考えといてよ」と別れ際、山下さんに言われた。
話の間も、ずっと右川が浮かんだ。あいつには結構教えてやったな。
勉強は教えてないけど、浅枝も真木も浮かんだ。
勉強でも生徒会でもない、石原も出てきた。
教師。
それは、とことん後輩にこだわる仕事、と思う。
俺は、こだわっていけるかもしれない。