God bless you!~第11話「ヒデキとハルミ」
ぴったりじゃなくても
右川亭。
店はすっかり片付いている。
あちこちに白い布が掛かり、食器も鍋も、出番を失って途方に暮れていた。
俺も、途方に暮れている。
もう1時間も前から右川亭に忍び込み、階段に独り、俺はひっそり座り込んでいた。
俺がここに潜んでいることを、今も右川は知らない。
あの後、山下さんから連絡をもらって、とりあえず俺はここに隠れて様子を窺う事になっているんだけど……山下さんの気遣いは有難い。
有難いとは思うけど、こんなケジメまで世話になるなんて。
正直、俺は自分が情けない。
右川と山下さんは、店のカウンターに座っている。
「模擬試験は受けたのか」とか「受験まであと4カ月か」とか、聞いていると受験の話に集中しているようだ。もうずいぶん長い話だ。
2階の窓あたりから抜け出そうかと、冗談とも本気とも決めかね、考え始めたちょうどその時である。
「沢村くん、結構色々あって落ち込んでるぞ」
うわ。直球。
「おまえの事心配してる。優しい奴だな」
俺がここに居ると知って、味方をしてくれて。
それでも嬉しいというより情けない方が勝る。
「彼を、どう思ってるの」
息をひそめた。
しかし、そこには、また長い沈黙だった。
見えない分、想像するしかないが、いつかのあの時と同じだと思った。
この期に及んで、山下さんに聞かれても答えられないと言うなら、まさにそれこそが本心だろう。
阿木に頼んだ色々は……無駄に終わった。正真正銘、ゴミになる。
ため息が出た。
ため息もこれまでで1番長い。3回目、振られる気分だな。
もう、いいです。充分わかりました。
てゆうか、もう分かってました。
あきらめて立ち上がろうとした。
その時、
「どうって……すごく考えちゃうと、思うんだけど」
右川のその囁きは、やっと出てきたという感じだった。
それを言うなら俺だって沢山考えてる。
そんなに時間をかけるくらいなら、好きだという方が簡単だと思えた。
山下さんはそんな俺の気持ちを代弁した。
「それは好きって事だろ」
「それは……そうだけど、ぴったりでもないし」
「だったら、ぴったり言ってみろ」
また考え込んだ。これまた随分、時間を掛けている。
「答えが出るまで待ってくれるのは親切な大人だけ。沢村くんは18歳なんだから。俺のようにはいかないぞ」
「どうすればいいと思う?」
「自分で考えろ」
「アキちゃんだったら、どうする?」
「自分で考える」
「考えても分かんないから、相談してるんじゃん」
「自分で考えて行動しろ。後悔するなよ。その結果次第、沢村くんから2度と口利いてもらえないかもしれない。カズミがどんだけ自分が馬鹿なのか分かる。反省しろ。そして繰り返さない。良い事だらけだ」
右川はふて腐れて、だんまりを決め込んだ。
会話が滞る。
山下さんの方が痺れを切らした。
「ぴったりじゃなくてもいいだろ。18歳の同級生に解りやすい言葉で言ってやれ」
その通りだと思った。
突然、どこからか音楽が鳴り始めた。これには聞き覚えがある。
ディズニー・エレクトリカル・パレード。
携帯の着信音だった。
カバンの中に入っているのか、くぐもった音が部屋中に響き渡る。
真剣な話をしているというのに、何だこの脳天気な……。
ていうか、空気読めよ。
俺は右川の携帯を疑って呆れていると、何故か2人は俺に注目している。
着信音。
それは右川ではなかった。
俺の……血の気が引く。
慌てて、スマホを取り出したけど……こんなの知らない!?
エレクトリカル・パレードってどうして!?
音が鳴る間中、右川は驚いて固まったまま。
あそこまで驚いた顔を、初めて見た。
自分もそうだった、と思う。
「いつのまにイタズラしてんだよ。おまえのせいで、また恥かいた」
エレクトリカル・パレードは即刻、解除した。
着信音はあの日……待ち受け画像を巨乳アイドルに替えた時、右川がついでに仕込んだらしい。
山下さんからちょっと後で連絡するからと言われて、いつもなら無音の携帯を今日に限ってマナーモードは解除していた。実際、その連絡は自宅に掛かってきたから、携帯は鳴らしていなくて。だから着信音がどうなってるかなんて、この所、そんな事知る由も無い。元々、エレクトリカル・パレードな訳がないから意識の外だ。今後これを耳にする度、今日の事がフラッシュバックするかと思うと……クソ地獄だ。
「山下さんにマジで感性疑われたじゃないか。責任とれ」
その後、気を利かせてか山下さんは鍵を預けて(大笑いで)帰っていった。
右川と、向かい合わせ、ジッと椅子に座っている。
聞いていた恥ずかしさと、聞かれた恥ずかしさの入り混じった、絵に描いたような拷問部屋だった。
右川をじっと見た。
今は風呂上がりみたいなサッパリした顔をしている。
それが何だか憎憎しい。
どこまでも、俺と山下さんとの違いを浮き彫りにする。
「山下さんの言う通り、俺はそこまで待てない。余裕無ぇよ。45じゃないんだから。とりあえず、これからどうすんだよ。どう考えてんだよ。ぴったりじゃなくていいから何か言え」
ドン!とテーブルを叩いた。
それから腕を組む。とりあえず、今は待ってやるとした。
考えてるらしい事はわかった。右川は上を見て、下を見て、首を傾けて。
かなり時間が経ってくる。こっちはもうイライラしている。
45歳って、一体どんぐらい待てるんだ?
もう〝好き〟とかじゃなくていい。
仲直りしたいとか、ごめんなさいとか。何言っても、どうにか受け止めてやる。もう何でもいいから、早く何か言えよって。
突然、右川はスッと立ち上がった。
それから、俺の両肩、まるで激励するように両手を掛ける。
座ってる俺と、立ち上がった右川。なのにそれほど大差ないアタマの位置に、懐かしさよりも先に笑いが込み上げた。かといって、笑う所じゃない。噛み殺す。ここで甘い顔をしたら終わりだ。
いつかの山下さんみたいに、厳然と。
いつかの山下さんみたいに。
さあ、来い。
「大丈夫だよっ!あたしはずっと、沢村をいつまでも待ってるからねっ!」
店はすっかり片付いている。
あちこちに白い布が掛かり、食器も鍋も、出番を失って途方に暮れていた。
俺も、途方に暮れている。
もう1時間も前から右川亭に忍び込み、階段に独り、俺はひっそり座り込んでいた。
俺がここに潜んでいることを、今も右川は知らない。
あの後、山下さんから連絡をもらって、とりあえず俺はここに隠れて様子を窺う事になっているんだけど……山下さんの気遣いは有難い。
有難いとは思うけど、こんなケジメまで世話になるなんて。
正直、俺は自分が情けない。
右川と山下さんは、店のカウンターに座っている。
「模擬試験は受けたのか」とか「受験まであと4カ月か」とか、聞いていると受験の話に集中しているようだ。もうずいぶん長い話だ。
2階の窓あたりから抜け出そうかと、冗談とも本気とも決めかね、考え始めたちょうどその時である。
「沢村くん、結構色々あって落ち込んでるぞ」
うわ。直球。
「おまえの事心配してる。優しい奴だな」
俺がここに居ると知って、味方をしてくれて。
それでも嬉しいというより情けない方が勝る。
「彼を、どう思ってるの」
息をひそめた。
しかし、そこには、また長い沈黙だった。
見えない分、想像するしかないが、いつかのあの時と同じだと思った。
この期に及んで、山下さんに聞かれても答えられないと言うなら、まさにそれこそが本心だろう。
阿木に頼んだ色々は……無駄に終わった。正真正銘、ゴミになる。
ため息が出た。
ため息もこれまでで1番長い。3回目、振られる気分だな。
もう、いいです。充分わかりました。
てゆうか、もう分かってました。
あきらめて立ち上がろうとした。
その時、
「どうって……すごく考えちゃうと、思うんだけど」
右川のその囁きは、やっと出てきたという感じだった。
それを言うなら俺だって沢山考えてる。
そんなに時間をかけるくらいなら、好きだという方が簡単だと思えた。
山下さんはそんな俺の気持ちを代弁した。
「それは好きって事だろ」
「それは……そうだけど、ぴったりでもないし」
「だったら、ぴったり言ってみろ」
また考え込んだ。これまた随分、時間を掛けている。
「答えが出るまで待ってくれるのは親切な大人だけ。沢村くんは18歳なんだから。俺のようにはいかないぞ」
「どうすればいいと思う?」
「自分で考えろ」
「アキちゃんだったら、どうする?」
「自分で考える」
「考えても分かんないから、相談してるんじゃん」
「自分で考えて行動しろ。後悔するなよ。その結果次第、沢村くんから2度と口利いてもらえないかもしれない。カズミがどんだけ自分が馬鹿なのか分かる。反省しろ。そして繰り返さない。良い事だらけだ」
右川はふて腐れて、だんまりを決め込んだ。
会話が滞る。
山下さんの方が痺れを切らした。
「ぴったりじゃなくてもいいだろ。18歳の同級生に解りやすい言葉で言ってやれ」
その通りだと思った。
突然、どこからか音楽が鳴り始めた。これには聞き覚えがある。
ディズニー・エレクトリカル・パレード。
携帯の着信音だった。
カバンの中に入っているのか、くぐもった音が部屋中に響き渡る。
真剣な話をしているというのに、何だこの脳天気な……。
ていうか、空気読めよ。
俺は右川の携帯を疑って呆れていると、何故か2人は俺に注目している。
着信音。
それは右川ではなかった。
俺の……血の気が引く。
慌てて、スマホを取り出したけど……こんなの知らない!?
エレクトリカル・パレードってどうして!?
音が鳴る間中、右川は驚いて固まったまま。
あそこまで驚いた顔を、初めて見た。
自分もそうだった、と思う。
「いつのまにイタズラしてんだよ。おまえのせいで、また恥かいた」
エレクトリカル・パレードは即刻、解除した。
着信音はあの日……待ち受け画像を巨乳アイドルに替えた時、右川がついでに仕込んだらしい。
山下さんからちょっと後で連絡するからと言われて、いつもなら無音の携帯を今日に限ってマナーモードは解除していた。実際、その連絡は自宅に掛かってきたから、携帯は鳴らしていなくて。だから着信音がどうなってるかなんて、この所、そんな事知る由も無い。元々、エレクトリカル・パレードな訳がないから意識の外だ。今後これを耳にする度、今日の事がフラッシュバックするかと思うと……クソ地獄だ。
「山下さんにマジで感性疑われたじゃないか。責任とれ」
その後、気を利かせてか山下さんは鍵を預けて(大笑いで)帰っていった。
右川と、向かい合わせ、ジッと椅子に座っている。
聞いていた恥ずかしさと、聞かれた恥ずかしさの入り混じった、絵に描いたような拷問部屋だった。
右川をじっと見た。
今は風呂上がりみたいなサッパリした顔をしている。
それが何だか憎憎しい。
どこまでも、俺と山下さんとの違いを浮き彫りにする。
「山下さんの言う通り、俺はそこまで待てない。余裕無ぇよ。45じゃないんだから。とりあえず、これからどうすんだよ。どう考えてんだよ。ぴったりじゃなくていいから何か言え」
ドン!とテーブルを叩いた。
それから腕を組む。とりあえず、今は待ってやるとした。
考えてるらしい事はわかった。右川は上を見て、下を見て、首を傾けて。
かなり時間が経ってくる。こっちはもうイライラしている。
45歳って、一体どんぐらい待てるんだ?
もう〝好き〟とかじゃなくていい。
仲直りしたいとか、ごめんなさいとか。何言っても、どうにか受け止めてやる。もう何でもいいから、早く何か言えよって。
突然、右川はスッと立ち上がった。
それから、俺の両肩、まるで激励するように両手を掛ける。
座ってる俺と、立ち上がった右川。なのにそれほど大差ないアタマの位置に、懐かしさよりも先に笑いが込み上げた。かといって、笑う所じゃない。噛み殺す。ここで甘い顔をしたら終わりだ。
いつかの山下さんみたいに、厳然と。
いつかの山下さんみたいに。
さあ、来い。
「大丈夫だよっ!あたしはずっと、沢村をいつまでも待ってるからねっ!」