God bless you!~第11話「ヒデキとハルミ」
「で、おまえの、そいつ可愛い?」
国立進学コースは、今日も厳かな沈黙の中にある。
課題をめくる音。ペンを走らせる音。それ以外、目立つノイズは皆無だ。
いくらなんでも静かすぎる。
というのが、ここの第一印象だ。
最近入った事もあってか、ここでも俺の席は1番後ろ。背が高いから誰かの邪魔になるかも?と黙ってても自然とそうなったかもしれない。
重森は、もう来て居た。ていうか、いつも1番早く来て席に着いている。
やる気をひけらかしたいのか何なのか、席は1番前だ。まさか先生に喧嘩を売るつもりじゃないだろうけど。
俺を見つけて、わざわざ自分の席から1番後ろまでやって来たかと思うと、
「港北大受けるってマジか。あの女それ知ってんのかよ」
その一瞬だけ、ノイズが消えた。周囲が背中で聞いている気配を感じる。
こんな時期に彼女といちゃいちゃしてんのかよ、と露骨に顔に出る奴もいて、それを知ってて重森はワザと声を張り上げるのだ。タチが悪い。
「知ってるよ」
「で、本命の学部は」
「まだそれは……今から」
「はっきりしないヤツだな。女にかまって決めらんないようなヤツと一緒に勉強したくないね。モチベーションが下がるんだよ。はっきり邪魔」
前の席、机に突っ伏していた私服の男子が急に体を起こしたと思ったら、
「うッせえな。女に貧乏させたくないヤツは国立行くんだよ。学部なんかどこだっていいだろ」
思いがけず、振り切れた事を言ってくれる。
重森はブツブツ言いながらも、こいつが苦手なのか自分の席に戻った。
というか、彼女が居ない事を引け目と感じて、すごすごと引き下がったとでも言うべきか。
庇ってくれたのかな……と目が合ったので、「どうも」と恭しく会釈すると、
「そんなに老けてっかな。タメ口でいいんだけど」
「あ、そうなんだ」
どこかで、浪人生かな?と疑っていた。ずっと私服だったし、それだけ大人びて見える。女子の好きそうな、端正な顔立ち。そこには、知性と無邪気が共存して見えた。メガネは掛けていない。
「森畑ヒロシ。気にすんな。夏の公開模試、あいつ超悪かったからピリピリしてんだよ」
こっちも一応名乗った。学校を聞いたら、
「星和付属だけど。……今年、何かやったよな。双浜と。確か」
「春の合同競技大会で」
「あぁーいつものマラソンね。うちの生徒会はイッちゃってるから。俺は最初からノータッチ。フケた」
いっそ清々しい。
「こっちは生徒会なんで、結構キツかったよ」
「は!せーとかい。何やらアニメな響き。確かにそんな感じだな。おまえ、いい顔してるよ」
また言われた。
古屋先生にも初対面でそんな事を言われた事を思いだす。
生徒会に於いて議長という立場でコキ使われている事は……黙っておいた。(言ったとて。)
この森畑ヒロシが国立コースに在籍している事を不思議に思って、
「付属は、上にそのまま行かないの?」
「医学部はあんまり偏差値高くないから。一応他も受けようかって」
「医者か。すごいな」
「そうでもないよ。俺の友達には売るほどいる」
こういう辺りが、偏差値45の双浜高には見られない。
純粋に驚いてばかりだ。
「親父の後を継げって事さ。変態だな」と、森畑ヒロシは吐き捨てた。
「株とか仮想通貨なんかに興味があって。親に内緒で経済も受けてやろうかって思ってんだけど」
だから親が薦める医学部専門の予備校ではなく、ここを選んだ。
どこか大人びた……そして精神的な自立に根差した台詞だと思う。
「さっきの話だと、彼女いるの?」と、同じ18歳にしては、こっちは少々幼稚な話題を提供してしまった。
「いるいる。5つ年上の、もう働いてる」
それで老けてる事気にしてるのかと……バカなこと考えて。
働いている彼女。こっちも似たようなもんか。(いや、全然違うだろ。)
森畑はニヤリと笑った。
「で、おまえの、そいつ可愛い?」
言葉に詰まる。
だが、人の事を聞いておいて、自分が言わない訳にもいかない。
「可愛いってゆうか。普通じゃないっていうか。とりあえず可愛気は無いな」
森畑はプッと吹き出した。
「そいつ大学どこいくの」
「まあ、修道院だけど」
周りのヤツらの視線を気にして、2部とは言えなかった。
「だったら塾に連れてくればいいじゃん」
「いや、それはちょっと。あの……合わないから」
その視線の先に、重森を定めた。
「あの惨めな生き物と合うヤツなんて、この世に居るかな」と、森畑は笑いを誘ったかと思うと、「とかいって、俺に盗られたら困るとか思ってんじゃないの」と、冷やかして見せる。
それは苦笑いでかわした。
右川を盗られるというより、男子の側が神経すり減らして魂をもってかれると思った。男の名誉を考えてそれは言わないでおこう。とりあえずどっちとも取れるように笑っとくか。ははは……盗られると聞けば、ちょっとだけ海川ユウタが浮かんだ。
雑談しているのは、俺達だけだった。
周囲の顰蹙も色濃くして……ていうか、興味津々で聞いていたヤツも居ると思う。絶対居る!と踏んでいる。あれだけ静かなのも、却っておかしい。
出会ってから5分という性急さで、森畑というヤツと仲良くなり、おかげで緊張がすっかり解けた。
そこへ古屋先生が入ってきた。
スマホは今日からいつも超マナーモード。ブルッともしない。
さっそく、授業開始だ。
< 5 / 27 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop