エリート部長の甘すぎる独占欲~偽装恋愛のはずでしたが!?~

巴とのシミュレーションは、とても平和で居心地よかった。

このまま、本物の恋人になってしまおうかという考えが、何度も心をよぎる。

でも、僕はまだあの身勝手な親子から解放されてはおらず、時折連絡してきては復縁を迫る百合にも社長にも、苛立ちが募っていた。

あるとき、その忌々しい電話が二人から連続で掛かってきたあと、巴の前でついその苛立ちを隠せず、当てつけのように“好き”という二文字を彼女に押し付けた。

演技でいい。その場しのぎでいいから、同じ言葉を返してほしい。

僕はそう思っていたのに、巴は戸惑いからかなかなか口にしてくれなかった。

そんな彼女に悶々とした僕は、苛立つままに無理やり彼女の首筋にキスマークを残した。

さすがに怒ってしまうかとも思ったが、巴は僕の心に奥底に隠れた“助けて”のサインをキャッチしたかのように、僕の欲しがっていた言葉をくれた。

「一誠さんが、好き」

芝居とは思えない、まっすぐな瞳に、刺々しい苛立ちが静かに収まっていくのを感じた。

もしもこれが巴の本心なら、どれだけうれしいだろう。たまらず彼女に抱きつき、その甘い香りを嗅ぐと、胸が切なく音を立てた。

……好きだ。彼女のことが、この上なく。

シミュレーションなんて投げ出して、今度こそ、彼女を愛す“誰か”に僕がなれたら――。

心では強くそう思うのに、いまだ言い寄ってくる百合と彼女の父親のことが気がかりで、僕は想いを伝えることができなかった。


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