再会はオペ室で
屋上は安全上の観点から職員にしか解放されていない。また職員たちの昼休み時間にはバラつきがあるため、普段から人影は少ない。今だって美鈴と水上の二人だけだ。
「奥井さんは相変わらずだ」
「何がですか?」
「俺に対しての塩対応ぶり。他にしてくれる人がいないから新鮮でね。帰ってきてくれて良かった。待ってたよ。本当に」
「嫌味にしか聞こえませんよ」
 ふふっと笑う美鈴を水上は見つめているが、当の本人は空を見上げた。今日の空には雲が一つもなく、透き通った水色をしている。
「そういうとこなんだよな」
「はい?」
「奥井さんが帰ってこなかったら、迎えに行こうと思ってた」
「何の話ですか?」
「どうやら俺は君のことが本気で好きらしいんだ」
「―――は?」
「そんな顔しないでよ」
美鈴には水上が、今までのように軽く口説いてくるのと明らかに違うことが分かっていた。でも真剣だとすれば余計に、どんな顔をすればいいかも、どんな返事をすればいいのかも分からなかった。逆に、俺と一晩遊ぼうくらいのことを言われた方がよっぽど返しようがある。
「困ります」
「困るっていうのは何に対して?―――俺の気持ち自体がって言われたら、相当ショックなんだけど」
水上は笑ったが、美鈴には本気で笑ったようには見えなかった。
「すみません。帰ってきたばかりで、いまは仕事に集中したいんです。それに私は、職場内での恋愛は出来るだけ避けたいと思ってます。仕事にプライベートを影響させたくないんです。
だから水上先生だからというわけじゃなくて…」
「誰が相手でも無しってこと?」
「―――はい」
「そうか…」
 黙り込んでしまった水上に何も言えることはなく美鈴も黙り込んだ。時々吹き抜ける強い風と鳴り響く救急車のサイレンが、沈黙の空間を微かに軽くさせた。
 水上だけでなく、分院でも美鈴にアプローチするドクターや同僚がいた。それを美鈴は全て同じ理由で、丁寧に断ってきた。だから水上が特別ではないというのは本当だ。職場内恋愛はもちろんのこと、恋愛する感覚自体が美鈴の中からすっぽりと消えていた。この年齢になって、付き合ったことがあるのは貴島とのプラトニックな関係だけだった。その事実が美鈴の恋愛に対しての後ろ向きな姿勢に拍車をかけていた。
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