再会はオペ室で
午後は脳外科の手洗いについた。脳動脈瘤クリッピング術後に水頭症が発生し、急遽シャント手術になった患者だった。予定よりかなり早く終わり、その後は明日の手術予定の衛生材料や器械の確認など裏方作業に回り、比較的穏やかに就業時間を終えた。
 勤務を終え白衣に着替えた美鈴が寮に向かい歩いていると、前から白衣を着た背の高い男性と女性が歩いてきた。いつもしているコンタクトがずれてしまい、つい先程ロッカーで外してきたばかりで顔の部分がぼやけてしか見えなかったが、距離が近づいて男性が貴島だとわかった。そして、その横にピッタリと身体を寄せて歩くのは看護師の中島だ。美鈴と同期ではあるが、百名ほどいる同期のなかで外来勤務の彼女と接点はなく、一度も話したことがなかった。―――身体を武器にして男性医師たちと代わる代わる付き合っている。そんな噂だけは耳にしたことがある。
 横を通り過ぎる直前、貴島がじっと自分を見ていることに美鈴は気付いていたが、気づかないフリをした。面倒ごとには巻き込まれたくないし、今日は水上から告白されたせいで、いつもより少しだけ頭の中がいっぱいだった。
 あともう少しで寮につく寸前のところで、後ろから強く右腕を掴まれた。そうでなければいいなと思った美鈴は、自分の腕を掴み息を切らしている貴島を見て天を仰いだ。
「何で黙って行くんだよ」
声を荒げる貴島を前に美鈴は注意深く周囲を見渡し、人がいないことを確認してほっと息をついた。光里の話が本当であれば、こんなところを誰かに見られたら大変だ。せっかく顔を合わせないように注意しているのに。人の努力を無駄にしないでよ。そう言ってやりたかった。
「貴島先生を見かけたら話しかけなきゃいけない規則でもあるんですか?」
「なるほど。俺とは距離を取っておきたいってことか」
「ご理解して頂けて助かります」
「わかった。美鈴の気持ちは理解したし協力する。一時間後、東口の花屋の前で待ってる」
「何でそうなるの?」
「俺は美鈴と普通に話したいのに、協力するんだからさ。それなりに報酬は貰わないとな。今日のディナーは美鈴の奢りで」
そんなこと無理だと言おうとして美鈴は口を噤んだ。僅かにだが確実に、女子の笑い声が聞こえてきたからだった。そろそろ寮に帰ってくる者が増えてくる時間になる。
言いなりになるつもりはないが、背に腹は変えられなかった。
「わかりました。わかりましたから、早く行ってください」
「了解。待ってる」
 病院へ戻っていく貴島の後ろ姿を美鈴はしばらくその場で見ていた。笑い声をあげていた看護師たちから話しかけられている。
私なんかを誘う時間があったら、彼女たちを食事に誘えばいいのに…。
美鈴は複雑な気持ちで踵を返すと急いで部屋に戻った。
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