泣かないで、悪魔さん
声がした?
耳たぶも冷たくて感覚がない。
きっと、鼓膜もきちんと動いていない…
《…女か?おい、こんな所にいたら死ぬぞ》
これは幻聴?
呪文みたいで、私にはその声が何を意味しているのか全くわからない。
私の頭が動いていないからなのか、その言葉自体、私にはわからないものなのか。
視界を真っ白に染める粉は、空から垂らされた糸を辿るように、淡々と、静かに散り積もっていく。
音も無い。
風もない。
でも、何も描かれていない紙の白さじゃない。
この忌まわしい冷たい空気や、冷たい氷の粒は、「白」という最も純粋な色で、私を圧倒した。
何も無いのに、ある。
真っ白なのに、ある。
それが美しい。
突然、
暖かい温もりが、私の頬に触れた。
生き返るような気分だった。
その手が私を殺すものだったとしても、
その手の温もりには感謝してもしきれない。
意味のわからない言葉が、また聞こえる。
《冷たっ…お前、これじゃ本当に死にそうだな…》
《お前!もう逃げられないぞ!》
遠くから、別の声が響いた。
また、若い男性の声だ。
音の無かった世界が、一気に騒がしくなった。大勢の足音が聞こえる。サクサクと、白い砂浜を歩く音だ。
《やっべ…、特捜の奴ら抜け目ないな。
じゃあ、俺は行くからな。
死ぬなよ、こんな綺麗な海辺で》
私の頭に、また暖かい手が置かれた。
そして、すっと音も立てず消えていった。
《待て!この野良猫がぁあー!》