泣かないで、悪魔さん

カーン、カーン、鐘は鳴り続ける。
どこかで聞いたような音だなぁ…
そうか、この音を聞いたのは、結婚式の日だ。

『おい、ルカ。何なんだよあいつら』

『しっ、静かに』

ルカが言うと、ざわめいていた人混みは瞬く間に静寂を作り出した。

そのただ事ではないという雰囲気に、私も口をつぐんだ。息をする音さえも、この場には似合わないという気がした。

ウィルも同じように、息をするのが憚られるというふうに口を閉じた。


そんな、静寂の道の真ん中を、我が物顔で歩くのは、白いドレスに身を包む女性だった。
白かった。そこだけ色を失ったように。
彼女の髪色も、真っ白で、肌もとても白かった。日に当たったことがないと言われても不思議に思わないほど。

上級隊員が手綱を引く、白塗りの大きな馬車に座っている。その女性のためだけに用意された、たったひとつの特等席。それが正に王座とでもいうのだろう。

彼女は道の先だけを見つめていた。
真っ直ぐに保った姿勢を崩すことなく、
そのように座っていることだけが、自分の使命だとでもいうように、堂々と。

彼女は美しかった。
まつげは長く、瞬きをするたびに上品に揺れた。白い肌に浮かび上がる、若々しい、鮮やかな色をした唇は微かに横に引かれている。

周りの人間達は、その女性を見ると、深々と礼をし、彼女が目の前を通り過ぎても頭をあげなかった。

そして、彼女の前後には護衛らしき、紺色の制服の男達。数十人はいる。

剣を携えていて、踵の高い靴を履いている。
その靴音が、威厳を示すように、静寂と鐘の音の中にコツコツと割り入ってくる。

『ん?あの制服』

ウィルが、背伸びをしてその男達を見て呟いた。

紺色の制服は、軍服のようであるが、金色のボタンや袖の刺繍など、上質な素材が惜しみなく使われている。

『気づいた?』

ルカが小声で答える。

『あの制服を着てる男達は僕等と同じ警察官。ただ、僕達とは階級も部署も違う。彼らは警察の幹部って言われる、上官だよ』

『階級だーぁ?』

ウィルの声に反応したのか、列の中にいる上官がこちらに目を向けた。
ルカは、慌てて敬礼をし、ウィルにも敬礼を促した。

上官はそれを見て満足したのか、また目線を前に戻した。
すると、ウィルは舌打ちをした。

『なんだよあの上官様はよぉ。警察に上級も下級もあってたまるか、偉そうな顔しやがって』

何で2人は敬礼したんだろう?
よく見ると、2人も列の中にいる護衛と同じ、濃い紺色の制服を着ている。

しかし、護衛の方の制服には鷲(わし)、2人の方には鷹(たか)の紋章がついている。
2人は彼らと同じ組織なのだろうか?

『僕達が所属する特別捜査隊は、警察っていう組織の中でも特殊な位置付けあるからなぁ。
良くも悪くも、僕達が特別視されてるのは否めないよね。さっきこっちを見た上官は、僕らを良くは思ってないみたいだったけど』

『何でだよ。俺らが新人だからか?』

『それもそうだし、特捜隊自体がまだ新しいから、じゃないかな。
それに、まだきちんとした役目を果たせているわけじゃない。…残念ながら、被害も拡大し続けているからね』

『それは…まぁ、そうだが。でも仕方ねえだろ。こっちは猫も烏も追って必死なんだからよ』

『そうだね。まぁ、上官っていっても、大抵は年齢によって分けられてるだけだから。

そうやって階級をつけないと秩序が乱れるんだよ。
例えばお前みたいに気の強くて喧嘩っ早い奴がいたら、それを抑えるのが上官ってこと。タカとワシ、より強いのはワシだ。』

ルカは、自分の胸についたタカのバッヂを見る。
ウィルはうざったそうに顔をしかめた。

『だとしても、あんな奴らに指図されたかぁねぇな』

『だから、既にお前もあの人達の部下なんだよ。まだ理解してないの?』

2人がまた何か早口で会話している。
相変わらず何をいってるのかわからないけど、それはもういい。

だって今は、目の前の行進を見るので忙しい。

ずっと続く列を見つめていると、ひとりの護衛がこちらに目をやった。

鷲のように鋭い目が、はっきりと私を捉えたのが分かる。そして、その凛とした表情や整った顔立ち、何より金と銀が混ざったような髪色が、その強さを強調しているようだった。

「かっこいい…」

思わず口に出てしまった。
私の間抜けな顔がおかしかったのか、その人は一瞬微笑した。
そして、そのまま通り過ぎていった。

「行っちゃった…」

あの白い女性は、この国の女王か何かだろうか。そして、それを護衛する青の軍隊。
軍隊かぁ…かっこいいな。

しっかりと伸ばされた背筋、きっちりと整えられた制服の着こなし、誇り高く響く踵の高い靴の音。

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