泣かないで、悪魔さん
冷たい風が、くらい夜道に吹き抜けた。
静寂であるのに、何かがどこかでさわいでいるように思えて仕方がない。
何も見えないのに、何かがそこにいるようで。
冷たい風に、私達は身震いした。
どことなく、狭い道には霧がかかっている。
先はどこまで続くのだろう?
ホー、ホー、という、フクロウらしき鳴き声が遠くで響いた。
それが、何とも言えない不気味さを醸し出している。
すたすたと足を進めていたルカも、私たちの様子に気づいたのか、一度足を止めた。ルカが振り返ると、私とウィルは震えていた。寒さと、その異様な不気味さに。
『ウィルまで怖がってどうするんだよ』
ルカは腰に手を当て、呆れたように息をついた。その様子から、ルカは全く怖さを感じていないようだった。
『だって、俺もこいつもここに来たの初めてだし…。ていうか、こいつ大丈夫か?』
ウィルがそう言って、ウィルの腕にしがみついている私を指差した。
「う…」
私の膝は震えていた。
単に、暗いから、不気味だから、という理由じゃない。ある嫌な記憶が、私をこんなにも
脆弱にしているのだ。私は、人よりはしっかりしている方だと思っている。
虫が腕に止まったら叫びもせずにただ払うし、どんなに大きな音がしてもビクともしない。
それなのに、何故か、暗闇だけは私の弱点だった。この、ぞっとする寒さも、耐性はあまりない。
『…いいか』
ルカは、私とウィルを見て、極めて深刻な顔をして歩み寄り、小さく囁いた。
私は、意味ありげなルカの目から、なんとかその言葉の意味を読み取ろうとする。
ルカの目は、2人に釘をさすように、2人の目を交互に見る。
『ここから先は特に危険だ。くれぐれも声を出したり、音を出したりはしないように。』
さっぱり意味がわからない。
でも、口に人差し指を当てているルカの様子からすると、静かにしろということだろう。
それは理解できたものの、ここで何かが起こったら叫ばないでいる自信はさらさらない。
そうとはいえ、努力するだけは努力してみよう。心もとなくうなづいた。
ルカは、私がうなづいたのを見て、安心したようだった。
『君…』
ルカは、少し背を曲げて私と目の高さを合わせた。私は特に背が低いわけではないのに、
こうして背を曲げて話しかけられるなんて、新鮮な感じがした。きっと、ルカの背が高いからだろう。こうして近くで見ると、今まで気がつかなかったことによく気がつくようになる。
『えっと、名前聞いてなかったね』
ルカの目は深い青色。深海のようで、宇宙の果てのようだ。目は、絵に描いたように美しいアーチを描いていて、いつも微笑を浮かべているその唇は薄く、柔らかい印象を与える。髪も柔らかく、さらさらと淀みなく流れている。カフェオレのような色で、甘い香りがする。少しだけ、暗闇の中にいることを忘れた。
『名前はなんていうの?』
あ、今のは聞き取れた。
簡単な英会話ってやつじゃないか?
私も、伊達に英語の勉強をしてきたわけじゃない。…ここまで、何も理解できていなかったけど。ていうか、英語なのかどうかもわかってなかった。
「ま、真依」
『マイ?』
うなづくと、ルカはなるほど、というように
笑った。
あ、優しい笑顔…
バキッ
「きゃっーんぐっ!」
自分の足元に転がった枝を踏んづけ、思わず声を上げた時には、口をルカに塞がれていた。
『…全く、言ったそばからこれ?』
ルカは、苦い顔で呟いた。
いや…あの、あなたの笑顔のせいで動揺したんです。なんて言ったら多分怒られるし、英語で言えないし。あと、今更、ルカが凄く綺麗な顔をしてるって気づいた。
で、その気づきの直後に口を手で抑えられるって…心臓壊れそうです。
目が、直で私を見てる。このまま目を合わせてたら死にそうな気がする。
間違いなく、発狂する気がする。
でも、ルカは悲しいくらい平然としている。
この顔面は、違法じゃないか。