死にたがりティーンエイジを忘れない
.:*゚:.。:. ☆.。.:*・゜
鹿島先生の提案は、ハッキリ言って、かなりめちゃくちゃだった。
本当に高校教師が担任として受け持っている生徒に対してする提案だったのかと、
わたし自身も思ったし、わたしの両親もそう言ったし、職員室でも何度となく聞くことになった。
七月、夏休みの補習課題が配られると、わたしは誰よりも早くそれを仕上げて、各教科の先生に提出した。
答え合わせをして、やり直しをして、再提出。
一学期の終業式の日には、わたしは夏休みの補習課題をやり終えていた。
これが条件だったんだ。
わたしが夏の間、旅に出るための。
同級生たちが一週間の勉強合宿に出かけたその日、わたしは大きなスーツケースを持って国際空港に向かった。
ちなみに勉強合宿というのは、標高の高い避暑地にある旅館にこもって朝から晩まで一日あたり十一時間みっちり勉強する、という地獄のイベントだ。
鹿島先生の紹介で知り合った、鹿島先生の大学時代の同級生という人は、英会話教室の経営者だった。
イチロー先生という。
彼がオーガナイズする夏のホームステイに、わたしは参加することになったんだ。