【極短】誰よりも可愛いオレの猫
それにしても、嫌な時間だ。
タイム測定を待つのは、判決を待つ被告にでもなった気分だ。
いっその事早く走り終わりたいのに、年功序列は運動部では当たり前。
まだ3年のオレは次々とスタートする4年生を見ている事しか出来ない。
「あれ、椎名。なんだ、それ。……林檎?」
「は?」
不意に隣の部員仲間の斉藤から声を掛けられて振り向くと、斉藤はオレのユニフォームの左腰辺りを指差していた。
オレがゆっくりと視線をそこに合わせると、そこには……
「……あのヤロー」
可愛らしく微笑む林檎うさぎのシール。
学生の間で流行ってるらしいこのシールを貼るなんて間違いなく瑞希しかいねぇ。
つぅか、待て。
このユニフォームは昨日の夜、もうバックにしまったハズ。
って事は、夜中来た瑞希はわざわざバックから取り出してこのシールを貼り付けたって事か?
「……んな暇あったんなら服をちゃんとしとけよな」
「ん? 何か言ったか? つぅか取れないなら取ってやろっか?」
斉藤の申し出を、オレは片手をあげて止める。
そして、もう一度視線を林檎うさぎに落とした。
「や……いい。お守りみたいなもんだから」
「へぇ……効くのか、それ」
「さぁな。何しろくっつけた奴がいい加減な奴だから効かねぇかもな」
ふっと笑みをこぼすと、斉藤が不思議そうに首を傾げた。
オレを包んでいた嫌な緊張感が、晴れていく。
別に、そんな単純じゃねぇんだけど……こんな小さいシール1つで気分が軽くなるとかありえねぇんだけど。
ああ、またアレだ。
何か目に見えない力がきっと働いたんだ。
「次っ!」
オレの前の列の部員が位置について走り出す。
空に抜けるようなホイッスルが響いて、オレはスタートラインへと脚を踏み出した。
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