シンデレラは騙されない
凛様はそう言って、ドーナツの入った紙袋をテーブルの上に置いた。
そして、私と視線を合わすと、じゃあなと目配せをする。
「り、凛様… あの…」
凛様は悪い人じゃない。
でも、閉ざしてしまった過去を簡単に話せるほど、私は大人じゃない。
「私…
もうあの頃の麻里じゃない。
あの時は石井麻里、でも、今は麻木麻里です。
あの時の私は、ニューヨークに置いてきました。
だから、あの頃の話を、ううん、今日より過去の話は私の前ではしないで下さい。
今の私は、この家の使用人です。
一生懸命働きますから、どうぞよろしくお願いします」
穏やかだった凛様の口元が斜めに上がり出す。
サングラスで目が隠れているせいで凛様の複雑な表情を見ないで済む事に、少しだけホッとした。
「ドーナツ、ありがとうございます…
ここのドーナツ、ずっと食べたいって思ってたんです。
すごく嬉しいです」
凛様はやり切れないような微妙な笑みを浮かべて私を見ている。