私は強くない
「な、なんだって!?俺、そんな話なんにも聞いてないぞ!」

「まぁ、待てよ。内密だって、言っただろ?」

「あぁ、でもなんでなんだよ?」

「その縁故採用ってのがな、専務の娘の婿らしいんだよ」

「専務の…、って、」

「そう。お前も覚えてるだろ?俺も思い出したくもないけどな」

都築から、思いがけない話を聞いて固まってしまった。
専務の娘ってのが、俺達同期の間は、かなり黒歴史に近いものがあるから。
父親の権力を振りかざし、縁故採用された。俺達と同じ時に。
故に、同期。
逆らえば、左遷か退職を迫られる。
俺も都築も、目立たないようにやっていたが、何かと目立つ俺と都築は、そのお陰でかなり面倒に巻き込まれた。
ただ、運良く他で男を見つけてくれたお陰で、会社を結婚退職してくれた。
その、専務の娘婿がまた縁故採用って、なんなんだよ、ったく。

「…で、なんで営業部なんだよ?」

「営業部が会社の華だろ?あの頃から、あの娘、なんにも変わってないんだよな。旦那が会社リストラされたらしくってな、親に泣きついたらしい」

「ってか、なんでお前もそんな話知ってるんだよ?会議じゃ、そんな話なかっただろ?」

「会議の後に、常務に呼ばれたんだよ、専務だから止められないってな。会社としては、リストラされるような奴を縁故採用、しかも営業部にってのがかなり気を揉んでるらしいんだ」

「まぁ、それは仕方ないにしても、なんでそこで倉橋が主任から降格なんだよ」

「主任として、そいつを入職させたいんだとよ」

「は?あ、ありえないだろ?」

飲んでいたビールを吹き出しそうにらなった。

「俺もありえないよ。倉橋がその娘婿に劣るなんて思ってないからな。本当だったら係長だろ、倉橋は」

「あぁ、分かってくれてるのは、お前だけだな」

都築の言うように、本当だったら倉橋が係長のはずだった。
それなのに、昇進が飛んだ上に、役にも立たない男に自分の立場を追われるなんて。
そんな目に倉橋を合わせたくないと、思っていた。

「でな、名取。お前にそこで相談があるんだ」

「なんだ?」

「倉橋が欲しいんだが」

「は?ほ、欲しいって、お前、結婚してるじゃないか!何言ってんだよ!」

都築が飲んでいたビールを吹き出した。

「バ、バカ。違うよ。んな訳ないだろ。女としては十分過ぎるくらいにいい女だけど、違うよ!人事部にだ!」

「じ…人事部か。ってか、いい女ってな…」

「そこはいいだろう。…で、どうなんだ?」

余計な事は言わず、都築が続ける。

「今なら、人事部に係長として倉橋を引っ張れる。降格でしかもあの、専務の娘婿にいいように使われる方がいいのか、よく考えてくれ」
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