私は強くない
拓真の呼び止める声も私の耳には、届かなくなっていた。

どれくらい歩いたんだろう。
どこを歩いたんだろう。

何か言葉を、口に出せば、泣いてしまう。
これ以上、拓真の事で泣きたくなんてなかった。
けど、声を出して泣きたかった。

ドンッ

「あ、すみません」

下を向いて歩いていた私は、前から来た人とぶつかってしまった。

「…倉橋?」

下を向いたまま、と謝り通り過ぎようとした私に、知った声がした。

「…え?な、名取課長」

泣きそうになっている所を、見られる訳にはいかない。
そう思った私は、精一杯の笑顔を見せた。

「…今、お帰りですか?私も友達と食事して…」

聞かれてもいないことを、ペラペラと話していた。
名取課長は、何かを感じ取ったのか、いつもと変わりない優しい顔で、飲みに行くか?と聞いてくれた。

私は黙って頷いていた。


2人で、名取課長行きつけのバーに。
何も聞こうとはせず、ただ仕事の話や今回の人事に関しての事とか、他愛のない話をしてくれた。
それが有難かった。

その優しさに。



…………

「まだ飲み足りないれーす!」

「倉橋、お前飲みすぎだ。これ以上は止めとけ。帰れなくなるぞ」

「帰りませんよ、ふふっ。名取課長も帰しませんよ?」

「く、倉橋」

なんのバツか。酔っ払ってる倉橋が可愛い。
それとも、俺にとっては、幸運なのか。
都築と別れてから帰り道、倉橋とぶつかった。
倉橋の顔を見れば、都築が言っていたように、何かあったのか一目瞭然。
到底、1人になんて出来ない。
そう思った。上司としてではなく、男として。

そして、酒につぶれそうになっている倉橋が前に。
気晴らしになっただろうか。
いつもなら、酒なんかに酔わない倉橋が5.6杯飲んだだけで、こんな風になるなんて。

「倉橋、帰れるか?」

「……」

返事がない。
寝てしまったか。

どうする?
このままにしておけないし……

俺は、店のマスターにタクシーを呼んでもらった。家に連れて帰るしかないな。
完全に寝てしまった、倉橋を抱き上げた。

「マスター、悪いね」

「いいよ、圭輔の想い人だろ?彼女。ちゃんとしろよ?」

「……な、何がですか!」

「また来てくれよな!2人で」

マスターにまで、分かってたらしい。俺は中坊か。
情けない。

「表参道まで」

タクシーに乗った俺は、迷う事なく、伝えた。




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