私は強くない
仕事終わりに、拓真に屋上に呼び出された。
少し前の私だったら、その誘いは断っていただろう…でも、今朝の辞令の件もあり、きっと私に何か言いたいんだろうと思ったから、その呼び出しに応えた。

昼休みには、休憩で人がいる屋上もさすがに終業時間になると誰もいなかった。

フェンスにもたれかかり、煙草を吸う拓真を見つけた。
拓真も、私の足音に気がつき灰皿に煙草を押し消した。
風に乗ってたばこの煙が、私の鼻をくすぐる。懐かしい匂い、そして遠い匂い。
昔は拓真の煙草の匂いも好きだった。
それもこれも、最近の事なのに遠く感じられた。

「なに、話って」

顔を上げた拓真は、少しやつれたように見えた。

「…今回の人事の事は何も言う事はないんだ…」

そこまで言って、黙り込んでしまった。
時間だけが過ぎていった。
18時には、ここも閉められてしまう、私はしびれを切らして声をかけた。

「ねぇ、拓真。他に言いたい事あったんじゃないの?」

少し優しく聞いてみた。
すると、その声に反応してきた。

「慶都、俺ともう一度やり直してくれないか」

ガバッと私の足元に崩れ落ちた。ほぼ土下座状態。
まだここに来てこんな事を言うのか。

黙っていると、拓真は顔を上げた。

「俺、気がついたんだ。慶都の良さがやっと分かった。俺がバカだったんだ。だから…一からでいい、やり直したいんだ!」

正真正銘のバカか…
ここへ来て、まだやり直したいなんて、救いようがない。大きくため息をついた。

「拓真、ちょっとは考え直したのか、心入れ替えて頑張るとか言うのかと思ったけど、やっぱりバカね」

バカと言われ、顔を真っ赤にして怒り出した。

「バカだから、バカと言って何が悪い?好きじゃない、嫌いだ、って言ってる私に一からやり直そうって言える腹がバカだ!って言ってんでしょ?いい加減目覚ましたら?どうせ、あの子にも謝ってないんでしょ!」

「っ…」

「やっぱり。ちゃんと謝って、人生やり直したら?一度は好きになった人だから、情けはあったけど、ここまでされたらさすがに呆れるわ!仕事じゃ、話はするけど、もうこんな風に呼び出ししないでくれる?奥菜君!」

パシッ

思いっきり、頬を引っ叩いた。
拓真はなにすんだよ!って怒ってたけど…

「さようなら!」

そう言って、屋上を後にした。



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