家出令嬢ですが、のんびりお宿の看板娘はじめました
「それにしても、馬車はなかなか進みませんわね」
夫人がため息とともにこぼし、「そうだな。……おい、もう少し急げないのか」と男爵が御者に声をかける。
狭い馬車の中はすぐに熱がこもってしまう。小窓を開ければ風は入ってくるのだが、同時に虫も入ってくるので開けるのを夫人が嫌がるのだ。
道を大通りから一本それたあたりで、馬車が軽快に動き出した。男爵一家はホッとして背もたれに背中を預ける。
しかし、様子がおかしかった。
馬車のスピードが、軽快というよりは身の危険を感じるほどだったのだ。馬車は大きく揺れ、ルイス男爵は不安で身を寄せ合う娘と妻を両腕に抱きかかえた。
「おい、一体どうなっているんだ」
「もっ、申し訳ありません、旦那様。馬が……。うわっ」
御者の声が響いたかと思った同時に、激しい衝撃がルイス一家を襲った。
馬車の外壁がめり……と音を立てて割れ、木片がまるで意思を持っているかのように三人に突き刺さってくる。
「きゃあっ。お父様っ」
ロザリーが声を上げたが、視界は一瞬で真っ暗になってしまった。それでも父のぬくもりが感じられていたが、もう一度大きな衝撃が走ったとき、馬車は横倒しになって一家はひと固まりとなって投げ出された。
ロザリーは痛みを自覚する間もなく意識を失ったのだ。