家出令嬢ですが、のんびりお宿の看板娘はじめました
レイモンドとオードリーの間に、緊張した空気が流れる。掃除をしていたチェルシーも階段を降りたところで息をつめて彼らを見つめていたが、ケネスはひとり、ひゅうと軽い口笛を吹いた。

レイモンドはオードリーから視線をそらし、拳を強く握った。

「……俺はあの時、捨て身で告白したつもりだ。博士じゃなく、俺を選べと。でもオードリーは博士を選んだんだろ? 指輪なんて捨てればよかったじゃないか。なんで今更……」

「夫……ジェイコブにはずっと学費を援助してもらっていたの。求婚を断ることはできなかったわ。私は彼を尊敬していたし、彼の助手として働くことも楽しかったわ。……恋ではなくても、結婚はできると思ったの」

沈黙が走る。チェルシーが、顔を背けてその場を立ち去り、ランディがそれに気づいて追った。
なんとなく人間関係を把握していたケネスは、呆れた気分でポソリとつぶやいた。

「だったら、恋はどこに置き去りにしていたんだい? そういう理由なら、オルコット博士が死んだときに戻ってこれば良かっただろう。当時クリスは生まれたばかりだし、実家に身を寄せれば良かったんだ。……この通りレイモンドはいまだ独身だ。言葉に出さずとも、みんなレイモンドの気持ちは知っていたよ? 君が再婚だとしても気にもしないだろうに」

「は? 気づかれて……?」

レイモンドの顔が真っ赤になり、そのオタオタした様子を見て、オードリーが涙を浮かべて見つめた。
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