家出令嬢ですが、のんびりお宿の看板娘はじめました

「妊娠もしたことだし、そろそろ家庭に入ってはどうだい?」

「え?」

「僕たちの子供を育てることに今後は専念してほしい」

オードリーの研究意欲は、あろうことかそれまで支援し続けてくれたはずの夫によって奪われた。

「そんな、……私」

「きっと君の能力を受け継ぐ息子が生まれるに違いないよ」

もはや夫の所有物であるオードリーに反抗する術はない。

家庭に入り、夫の両親との関係に悩みながらも、何とか子供を産んだ。
だが、生まれた子供が娘と知ると、夫は落胆したようだった。

「なんだ、女か。これじゃあ……」

言外に自分の二の舞だと言われた気がした。
しょせん女では、どれほど才能や学があろうとも、名声を掴むのは無理だと。

(羽をもぎ取ったのはあなたじゃないの)

ほのかに沸き上がった不満の種は消えることはなかった。
しかし夫は子供の父親でもある。今の世の中で、オードリーが教師として職を得ることも難しいことは分かっていた。
だから逃れられない。

だけど、そんなときに夫が事故で亡くなる。
オードリーの胸に去来したのは、安堵と罪悪感だ。
これで彼から逃れられるという安堵と、そう思ってしまった罪悪感。
こうなることを一度でも願ってしまった自分をオードリーは許せなかった。

だから、義父母の申し出を断らず、オルコットの屋敷に残ったのだ。
罪滅ぼしのつもりで。このままずっとあの屋敷で人生を腐らせていく。クリスを育てることだけを人生の目的として。
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