家出令嬢ですが、のんびりお宿の看板娘はじめました
「君は僕を遊んでばかりいる伯爵子息だと思っているだろうけどね。僕の主な仕事は情報収集だよ。父上が健全に領地運営するために、必要な情報、民の本音を聞きだすためにふらふらしているんだ。巷の君の評判は悪くないよ。しかしどれだけ誘ってもつれなく断られるのだという愚痴も幾度となく聞いたもんだよ」
偉そうに胸を反らしたケネスを見て、レイモンドはひそかに頭を抱える。
もしそれが本当だとしたら、今ここでレイモンドにばらしてはダメだろう。今後の情報収集に差し支えるとは思わないのか。
「……はあ、……ったくもう、呆れるな」
呆れを通り越しておかしくなってくる。突然笑い出したレイモンドに、ケネスもオードリーも驚いたようだ。
厨房から出て、レイモンドはオードリーの前に立つ。そして、言い聞かせるようにゆっくりと言った。
「オードリー、クリスを許してやれ」
「でも……勝手に人のものを持っていくなんて」
オードリーは目を合わせないまま反論する。
「指輪なんて関係ないだろ。俺は小さな頃からオードリーに憧れていて、今もオードリーと話しているときが一番楽しい。……でも、あの子を泣かせるほど意固地なオードリーにはちょっと幻滅だ」
「レイ」
傷ついたように見上げるオードリーに、レイモンドは表情を緩めた。
「……探してこようぜ、クリスを。俺の好きだった君はいつだって人のことを思いやっていたはずだ」
オードリーの瞳が潤む。ケネスはひゅうと口笛吹き、手を取り合ったふたりに軽い冷やかしを送る。
そのタイミングで、宿屋の中にロザリーとクリスを抱いたザックが駆け込んできた。