家出令嬢ですが、のんびりお宿の看板娘はじめました
宿屋の指輪でないとすれば、オードリー個人のものだ。おそらくは死んだ夫からの贈り物だろう。それを宿屋の従業員が持っていたとしても、似たデザインのものだと思われるだけで終わるはずだ。
仮に疑いを抱いたとしても、オードリーには言えないだろう。
レイモンドが店の従業員を見くびられるのが好きではないことくらい、幼馴染である彼女にはよくわかっているはずだから。
「……ってわけで、ランディに売ろうとしていたところだったんだ」
「はー、バカじゃねぇの。よく盗んだ指輪でそこまでせこい儲け方しようと思えるな」
レイモンドが呆れた様子を隠さずに言う。歳は下だが明らかに彼のほうが威圧的だ。
「バカっていうなよー。だってよ、行商に出るんだって先立つものがいるんだって」
「そもそもあんな小さな子供に怪我させてまで指輪を奪おうとしてる時点でどうかしてる。人間の屑め」
「ひでぇ! そこまで言う?」
「言いたりねぇくらいだよ、バーカ!」
レイモンドにけちょんけちょんに言われ、ニールは凹んでいる。
とはいえ誰も同情はしなかった。
レイモンドは「ほら、クリスに謝れよ」と言い、クリスを彼の正面に立たせる。
クリスは怯えたような様子でレイモンドにしがみついていたが、ニールに「……すまなかったよ。痛かったか?」と頭を下げられ、ホッとしたように息をつく。
「ゆびわ!」
クリスは痛みよりも、指輪の行方が気になるらしくニールに手を出す。
なおも渋々とポケットから指輪を取り出したニールから指輪を奪い取ると、すぐさまオードリーの方に向かう。
「ママ、勝手にとっていってごめんなさい」
頭を下げたクリスに、オードリーも泣きそうだ。