家出令嬢ですが、のんびりお宿の看板娘はじめました
「……ごめんなさい、レイモンド。急に飛び出したりして」
「チェルシー。いや、……こっちもごたごたしていたから」
レイモンドとて、薄々チェルシーの気持ちには気づいている。けれど、頼りにしているランディの思い人でもあり、宿の大切な従業員であるチェルシーを、恋愛感情をもって見つめたことはなかった。
だからこそ、今まで気づかぬふりをし続けてきたのだ。
「……疲れた顔をしている。今日はもう上がって休んでもいいぞ」
優しさのつもりでレイモンドは言ったが、チェルシーはきっぱりと首を横に振る。
「いいえ。最後まで仕事をするわ。……させてください」
どこまでも弱みを見せたくないチェルシーは、うつむいたまま投げ出した箒を拾いに向かった。
レイモンドとしてはこれ以上どう声をかけていいか迷うところである。弱り果てて頭をかいていると、ランディがほれぼれとした顔でチェルシーを見つめていた。
「格好いい……。さすがチェルシー」
若干呆れたレイモンドではあったが、ここはランディのひたむきさに期待するしかない。
「……ランディ。ここはいいから、チェルシーを手伝ってやってくれないか」
「ああ」
「厨房の手伝いにはロザリーが入ってくれ」
「はいっ」
言われて、ロザリーは顔をあげた。ロザリーもチェルシーのことが心配だが、雇われの身としてはレイモンドの指示に従わざるを得ない。
「じゃあ俺たちは帰ろうか、ザック」
「ああ。そうだな」
ケネスとザックは立ち上がり、ザックは通り過ぎようというロザリーの腕を軽くつかむ。
「夜に迎えに来るよ」
「え?」
「話があるんだ」
それだけ言うと手を離される。腕にいつまでも彼の手の熱が残っているようで、ロザリーはいつまでたっても落ち着かなかった。