家出令嬢ですが、のんびりお宿の看板娘はじめました
「なんか……匂います」
鼻をすんすんと動かすと、いろいろな匂いが判別できた。
今いるベッドを包むリネンの匂い、階下から漂うスープの香り、そして年配の人間の匂いがする。いわゆる加齢臭というものだ。
(でもうちにそんな年齢の人はいないはずだし……)
ゆっくりあたりを見回して、壁に飾られた家族の肖像画を見つけたロザリーは、ようやくこの場所がどこなのか思い当たった。
「そっか。おじい様のお屋敷ですね」
祖父は五年前に隠居すると言い、本邸から二キロ程離れた土地にこの屋敷を建てて暮らし始めた。
当時は祖母も生きていて、ふたりは夫婦だけの暮らしを満喫していたはずだ。その祖母は、二年前に亡くなっていたけれど。
やがて、扉をノックする音が聞こえた。
もとから返事を期待していないのか、ロザリーが声を出す前に扉が開く。
入ってきたのは長らくこの屋敷に仕える執事だ。眼鏡をかけた五十代の執事は、起き上がったロザリーを見るなり、自らの正気を疑うように頬をたたき、恐る恐る問いかけた。
「……ロザリンド様?」
「はい」
「お目覚めになられたのですか?」
「は、はい?」
なぜ驚かれるのかも分からずに返事をすると、執事は大慌てで「旦那様ー!」と声を張り上げて出ていった。
呆気にとられたまま、とりあえず起きようとしたが、体が痛くてうまく動けない。
そのうちに祖父が入ってきて、目覚めたロザリーのもとへ駆け寄ってくる。
(あれ、なんか、おじい様の匂いが……)
老人特有の匂いに、ロザリーは思わず顔をしかめる。祖父とはつい三ヶ月ほど前にも会ったが、その時はこんなに気にならなかったのに。
(く……臭いです。なんでこんなに加齢臭が強いのですか。おじい様にいったい何があったのでしょう)
「目覚めたのか、ロザリー。良かった……」