家出令嬢ですが、のんびりお宿の看板娘はじめました

ロザリーの内心になど気づかぬように、祖父である前ルイス男爵・エイブラムは彼女を痛ましそうに見つめた。
祖父が近づくにつれて強くなる匂いに眉を顰めたくなるが、神妙な祖父を前にそう思うことにも罪悪感がある。そのせいなのか、祖父に対していつものような親しみあふれる感覚は湧いてこなかった。
この人は祖父であるという認識はあるものの、感情は全くついてこず、むしろ匂いによる不快感のほうが強い。

改めて祖父を見つめれば、父親とよく似た顔だ。目もとと口もとにはしわが寄っていて、昔は豊かだった金髪はやや薄くなっている。それに関しても何の感慨も湧かない。

(……なんか、変。たしかにおじい様なのに、なんだか知らない人に会ったときみたいです)

心が、感情がついてこない。分かるのは“この人は自分の祖父である”という事実だけ。

「お、じい様」

ロザリーがかすれた声で呼ぶと、エイブラムは表情をやわらげ、ロザリーの前髪をそっとかきあげた。

「事故に遭ったんだ。覚えているか?」

「事故?」

記憶は全くなかった。けれど、そう言われて体が痛む理由が分かった。
針で刺されたような痛みが頭に走り、記憶がほんの僅か零れ落ちる。

「馬車で……そうです。劇を見た帰りに」

「そうだ。並走していた二台の馬車が、暴走した挙句に衝突したんだ。横転したほうに乗っていたのがお前たち一家で……」

エイブラムはそこで一度言葉をきり、潤んだ目を隠すように手をかざした。

「ダドリーとアデラ……お前の両親は亡くなった」

「……え?」

「ダドリーはお前を守るように抱いていたよ。アデラさんもな。お前が全身打撲だけで済んだのは、両親のおかげだ」

「死んだ……?」
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