家出令嬢ですが、のんびりお宿の看板娘はじめました
ロザリーの脳裏に、父母の顔が浮かんだ。
けれど、祖父に感じるのと同じように、それだけだ。
“父母が死んだ”という事実だけが文字のように認識されただけで、悲しいという感情は湧いてこなかった。
「……ロザリー?」
反応の薄いロザリーに、エイブラムは不審そうなまなざしを向ける。
「ごめんなさい、おじい様。実感が湧きません。なんか……」
「そうか。そうだな。受け入れるには重い事実だ。辛いだろうがお前にはまだ私がいる。心配するな。男爵位は再び私が継承することになった。お前の後継人には私がなる」
「ええ。……ありがとう、おじい様」
頷きつつも、ロザリーは自分で自分が恐ろしく感じていた。
両親が死んだと聞かされたのに、まるで他人の死亡事故を聞かされた時のように心が動かない。
(涙も出ないなんて……)
ショックを受けたのは、ロザリーだけではない。
自身も我が子を亡くし、絶望するであろう孫娘を守ろうと決意していたエイブラムは、ロザリーの飄々とした態度に激しいショックを受けていた。
執事とともに部屋を出て、信じられないというように頭を抱える。
「親が死んだというのにあの態度はどういうことなんだ? あの子が、あんなに薄情な娘だとは思わなかった」
「旦那様、お嬢様はきっと混乱していらっしゃるんですよ」
「だが、目覚めたときも父母を呼びもしなかった。もっと優しい子だったはずだ。私にだって、いつだって抱き着いてきてくれたのに、今は触られるのに顔をしかめていたんだぞ? 一体あの子はどうなったんだ。事故に遭った時に、悪魔にでも魅入られたのではないだろうな」