家出令嬢ですが、のんびりお宿の看板娘はじめました
(感情が無くなったわけじゃないんですよね。夢の中では……リルのときはあんなに嬉しかったり尻尾を振ったりするんですもん)

だが、その犬の記憶も不完全だ。夢は途切れ途切れで、リルはよく匂いをたどって探しものをしているが、完全に見つける前に目を覚ましてしまう。もうここを探せば見つかるはず、というところで目が覚めてしまうのだから、夢の記憶を引きずってしまうのも仕方がないというものだろう。

ロザリーは鼻をスンスンと鳴らす。庭に咲いている花や土の匂いがどんどんロザリーの鼻を刺激する。
事故後、目覚めてから嗅覚が異常にいい。まるで夢の中のリルのように。
一体自分に何が起こっているのか、ロザリーは理解しきれなかった。

(……今日のお夕飯はシチューなんですね)

屋敷のほうからただよってくる匂いでそんな判別さえも出来てしまう。
この屋敷で出るシチューに入っているブロッコリーがロザリーは好きではない。なのに、匂いを感じただけで反射的に口によだれが溜まり、お尻のあたりがムズムズする。

(最近すごくお尻がむずがゆいなぁ)

まるで尻尾を振って喜びを表現したいとでも思っているように。

(リルの好物……だったのかしら)

だとすれば、嬉しいという感情が無くなったわけではないのだろう。もし今のロザリーに尻尾があったなら、ちぎれんばかりに振っているのかもしれない。

(いっそ、リルの記憶を全部取り戻せれば、感情も取り戻せるんじゃないかしら)
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