家出令嬢ですが、のんびりお宿の看板娘はじめました

お屋敷全体を眺め、ロザリーは切実にそう思う。
祖父の屋敷はたまにしか来なかったが、すっきりとしていた本邸とは違って、亡くなった祖母の趣味が全体的に表現されていた。
壁には家族の肖像画がたくさん飾られ、刺繍の入ったタペストリーが随所にかけられている。庭園も、彫刻の周りを囲うように花壇が配置されていて、ロザリーは、物語の世界に紛れ込んだような気分になれるこの屋敷が好きだったはずだ。
それも覚えているというのに、今はロザリーの心を少しも揺さぶらない。むしろ、感じられないことが寂しさを感じさせる。

風が吹いて、ロザリーの髪をなびかせる。頬に触れたくすぐったさが妙に切ない。
父や母が頬を撫でてくれた記憶はあるのに、その実感がずっと思い出せない。リアルな感覚を取り戻したい。

(ちゃんと生きてるって実感したいです)

そんな思いは日に日に切実になってくる。

このまま結婚したところで、夫となる人にも気味悪がられるだけだろう。まだ十六歳の身空で人のものとなって、夫からも敬遠されるような生き方をするのは嫌だった。

(感情を取り戻すにはどうしたらいいのでしょう。まずリルの記憶をしっかり取り戻してみましょうか。今、感情が揺れるのはリルに関することだけなんですし、このままじっとしていたってどうにもならないですもん)

ロザリーは決意を固めた。
記憶を取り戻すのだ。あの馬車の事故で生き残ったことが奇跡だというのならば、ちゃんと生きたい。死んだようにうつろに人生を生きるなんて御免だ。

やるべきことが決まれば、あとは祖父を説得する方法を考えるだけだ。

意気込んで、ロザリーは屋敷の中へと踏み込んだ。

< 20 / 181 >

この作品をシェア

pagetop