家出令嬢ですが、のんびりお宿の看板娘はじめました


 祖父への説得は、ロザリーが思う以上に難航した。

「だからね、おじい様。私は結婚したくないんです。それよりも旅に出たいの。おじい様もお気づきでしょう? 事故にあってからずっと、感情が動かないんです。何を見てもどこか他人事のようで、心に響いてこない。でもそれは、ずっと屋敷に閉じこもっていたら取り戻せないと思うんです。私は旅に出て、いろいろなものに触れて、感情を取り戻したいのです」

犬の記憶があることは黙っておく。下手なことを言えば連れていかれるのは精神病棟だ。

「しかし、女の身一つで旅に出るなど……」

「でも誰かに守られてする旅なら、ここにいるときと変わらないでしょう? おじい様。後見人になってくださったのは嬉しいけれど、私は今のままではだめな気がしているの。おじい様もわかっているんでしょう? 私がお父様とお母さまの死を、いつまでたっても悲しめずにいること」

エイブラムはわずかに身じろぎをした。ロザリーはその迷いを見逃さずに畳みかける。

「おじい様。私は父母と一緒に死んだものと思ってください。例え途中で野垂れ死にしたとしても、自ら望んだことです。おじい様を恨んだりはしません。縁談も、孫娘は失踪したと言ってお断りくださいませ」

「……ロザリンド」

十六歳の娘が、怯えもせずにそんな覚悟めいたことを言うことにも、エイブラムはぎょっとした。やはり何かがおかしい。少なくともエイブラムの知る無邪気な孫娘ではないのだ。エイブラムは迷ったがやはり決断は同じだ。

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