家出令嬢ですが、のんびりお宿の看板娘はじめました
「いや……ダメだ。男爵家の令嬢が家出したなんて知れてみろ。お前の経歴に傷がつき、嫁の貰い手など無くなってしまうぞ」
祖父はそう言うと、話は終わりだとばかりに部屋を出て行ってしまう。
しかしロザリーは諦めきれない。
その後、何度か屋敷を抜け出そうと画策し、そのたびに執事のオルトンに連れ戻された。
そしてある日の夜、執事が部屋にやって来た言ったのだ。
「明日、エイブラム様は朝から屋敷を留守にするそうです」
「そうですか」
「男爵家のご令嬢ロザリンド様は原因不明の病に倒れ、数日前から起き上がれない状態となっております。その治癒祈願のため教会で祈りをささげるのです。病気を理由に縁談もお断りするそうです。明日、ロザリンド様の侍女ロザリーが薬を買いに遠くの街まで出かけ、そこで失踪してしまう予定となっております」
「侍女……? 予定?」
「薬を探す旅に出る侍女へ、エイブラム様からプレゼントですよ」
それは、大きな旅行鞄と薄緑色のワンピースだ。町娘が着るようなシンプルなデザインだが、触れば柔らかく素材がいいことがわかる。旅行鞄も車輪がついていて、力のない女性でも押しながら移動できる。
「オルトン……。いいの……?」
驚きのまなざしで見つめるロザリーに、執事は苦笑を返す。
「旦那様もさすがに根負けされたそうです。しばらく旅をするのに困らない路銀と町娘に見えるような服を用意するよう仰せつかりまして、今日ようやく揃いました。羽振りが良すぎても悪漢に狙われる原因となりますので、鞄とドレスには隠しポケットが作ってあります。貴重品はできるだけそこに隠すようにと」
「……ありがとう!」
「ルイス男爵家の体面を考えれば、手放しにお嬢様の好きにしろとは言えないのです。どうかご理解くださいませ」