家出令嬢ですが、のんびりお宿の看板娘はじめました
リルの記憶と照らし合わせると、宿屋の外観は多少の変化がある。
以前あったはずの犬小屋は無くなっているし、木にかけられた小鳥のための巣箱も古ぼけて見える。
リルが生きていたのか何年前のことなのかわからないが、ロザリーが今十六歳であることを鑑みれば、それ以前ということになるのだから、変化があって当たり前なのだろう。
(ご主人様はあのときでいくつだったのでしょうね。当時、お兄さん……いや、おじさん? くらいだったはず。名前も思い出せない。顔ははっきり思い出せるのに)
リルは文字や言葉に関する記憶が弱い。当時は文字が読めなかったし、人間の言語も理解はできたが、分からない単語も多かった。
さて、ようやく目的地まで来たが、問題は今のロザリーが十六歳の令嬢だということだ。リルの記憶があるなんて言ったら絶対変人扱いされるに決まっている。
宿屋の前でロザリーは腕を組みながら悩む。
とにかくここに長く滞在したい。けれど、お金は限られているのだからできる限り節約したい。方策として思いつくのは、住み込みで働くことくらいか。
それにしても先ほどからいい匂いが漂ってくる。おそらく宿で提供する食事の匂いなのだろうが、そっちに集中してしまい、ゆっくり考えをまとめることができない。
(考えていても始まらないです。ダメもとで頼んでみましょう!)
どうせ、もう失うものは何もないのだ。
だったら何事に対しても向かっていくしかない。ロザリーはすでに悟りの境地にまで達していた。
(頑張るしかないのです! 行きます!)
ロザリーは思い切って宿屋の扉を開けた。