家出令嬢ですが、のんびりお宿の看板娘はじめました
入口からすぐが受付のカウンターになっていて、その左側には二階へと上がる階段がある。しかし、今、受付には誰もいなかった。
入って右手は食堂のようで、いくつものテーブルが綺麗に整列し、数人のお客が入っていた。カウンター席もあり、そこには金髪と黒髪の見目麗しい男性の二人組がいた。
カウンターの内側は厨房になっているようだ。白のエプロンを付けた男性が、お玉をもって弁舌をふるっている。
ロザリーに気が付くと、「……いらっしゃい」と少し面倒くさそうに言った。
「えっと、あの。この宿のご主人様はいらっしゃいますか?」
ロザリーがおずおずと問いかけると、カウンター席に座っていた金髪の男性が朗らかにほほ笑み、立ち上がった。
「やあ、可愛いお嬢さん。この宿の主はこいつだよ」
調理師を指さし、さっとロザリーの前に来て、荷物を運ぼうとしてくれる。
着ている服も高級そうで、物腰が上品であることから、貴族のご子息なのだろうと予想できた。
それにしてもいい香りである。
宿屋に入る前からいい香りが漂っていたが、中に入るとよだれがこぼれそうになるのを必死で我慢しなければならないほどだ。
やがて調理師の男性が厨房の中から出てくる。
三十歳前後の青年だ。リルの記憶にあるご主人様と同じくらいの年齢に見える。けれど顔は違うから、リルのご主人様はとは違うのだろう。
ということは代替わりしてしまったのか。この青年にも見覚えがあるような気はするが、記憶が定かではない。
ロザリーは急に不安になってきた。
(どうしよう。ご主人様はいないのね。……でも、この宿で絶対間違いはない。だとすれば、ここに居れば、いつか何かが思い出せるかもしれないし)