家出令嬢ですが、のんびりお宿の看板娘はじめました

「いいじゃないか、レイモンド。お前、人手が足りないと言っていただろう」

脇から、先ほどの貴族の青年が後押しするように言う。
ロザリーはホッとして顔を上げ、金髪の青年に感謝の意を示した。
その時、カウンターに座ったままの黒髪の青年とも目があう。
先ほどから全然話には加わってこないが、ロザリーに興味があるのかこちらをじっと見ている。
緑色の瞳が綺麗で、見とれてしまうほど端正な顔をしている。だが雰囲気はどこか鋭く、棘があるようにも感じて、ロザリーは思わず身をすくめてしまう。

「ケネス様、今欲しいのは仕事に慣れた従業員なんですよ。……君は働いた経験はないだろう? 見たところいいところのお嬢さんに見えるんだが、親御さんは一体」

レイモンドと呼ばれた店主はそうまくし立てた。
ロザリーは一瞬体をびくつかせ、父母のことを思い出し、襲ってくるはずの悲しみが訪れないことに目を伏せる。

「両親は、……亡くなりました。それで、その……」

もじもじと、気まずさにしどろもどろになっていただけなのだが、レイモンドと貴族の青年の間には気遣うような空気が流れ始めていた。
しかし、そこで、ロザリーのお腹の虫がぐううううう、と大声で鳴いた。

「きゃああああ、すみませんー!」

真っ赤になったロザリーは、慌てて顔を抑える。

「……ぶっ」

最初に噴出したのはレイモンドでも金髪の青年でもない。カウンター席からロザリーにずっと鋭い視線を送っていた黒髪の青年だった。笑うと鋭さが緩和され、途端に優し気な印象になる。ロザリーは破顔した彼に見とれた。
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