家出令嬢ですが、のんびりお宿の看板娘はじめました
「いいじゃないか。人には詮索されたくないことくらいある。なんでも好きなものを頼むといい。ここの料理人の腕は他に類を見ないほどいいぞ」
「ありがとうございます。……ええと」
「俺はザックだ」
「ザック様。私のことはロザリーと呼んでくださいませ」
ぺこりと頭を下げれば、ザックは意志の強そうな端正な顔に、笑みをのぞかせた。ロザリーはなんだか嬉しくなって、「ではこの『畑の恵みのシチュー定食』というのを」と続ける。
「聞こえたよな、レイモンド」
ザックの声にレイモンドは頷き、ケネスがそこに「俺とザックに蜂蜜酒を追加だ」と付け加えた。
(どうやら、同じテーブルに着くのですね?)
初対面の割に親し気なこの伯爵子息に不審なものを感じつつも、おごりというのはありがたいので黙ってロザリーも座る。
地顔が笑顔とも言えそうなケネスに対し、ザックのほうは口もとを引き締めているほうが多い。
ただ無表情というのとも違う。感情をあまり表に出さないようにしている、といった印象だ。
「一つだけ聞いていいかな。君みたいなかわいいお嬢さんがひとりで旅をしているのは不思議なんだが、それは自分の意思で?」
ケネスの問いかけは、ロザリーを問い詰める感じではなかった。ロザリーはこくんと頷き、「身寄りはもういません。私、仕事を探しています」と続けた。